特に筆者らは,光架橋性高分子液晶膜を用いた光配向法に基づいて,偏光回折格子を作製する技術を保有している7~9)。光架橋性高分子液晶は,図2(a)に示すように,紫外域の直線偏光を露光すると,偏光の振動方向に沿った方向に分子を配向できる液晶材料である11)。
光配向処理には,偏光ホログラフィや直線偏光描画露光法を用いて偏光の空間パターンを液晶材料に転写する。作製される偏光回折格子は,極薄且つ軽量であり,また熱耐性にも優れるという特徴を持つ。さらに,筆者らが用いている光架橋性高分子液晶は2軸異方性を有し,これにより斜め入射依存性を大幅に低減することも可能である8, 9)(図2(b))。
のちに後述するが,この斜め入射に対する弱い依存性は,BSにおいて非常に有効な性質である。少し前置きが長くなったが,偏光回折格子についての説明はここまでにして,次節にて偏光回折格子を用いたビームステアリングの原理について述べる。
3. 偏光回折格子を用いた円偏光ビームステアリング
本節ではまず初めに,従来提案されていた2枚の偏光回折格子を用いた構成を元にBSの原理を概説する。その後,筆者らが新たに提案した4枚の偏光回折格子を用いた構成について,2枚の偏光回折格子を用いる場合に対して追加で得られる機能を中心に説明する。
3.1 2枚の偏光回折格子を用いる構成
BSに偏光回折格子を用いる試みは,筆者らが知る限りでは2009年にOhらが初めて報告している10)。彼らが提案した光学系は,図3(a)に示すような2枚の偏光回折格子を直列に配列させた形態を取っている。
本光学系では,まず初めにレーザーを射出した光の偏光状態を円偏光子により円偏光へと変換したのち,多段に組まれた2枚の偏光回折格子(PG1及びPG2)へと連続して透過させる。PG1及びPG2ではそれぞれ円偏光の回転方向を反転させられると同時に格子ベクトル方向に対して線形な位相勾配を有する幾何学的位相が付与される。その結果,透過光はPG1及びPG2の格子ベクトル方位に依存した方向へと偏向させられる。
ここで,PG1及びPG2の回転の角周波数をそれぞれω1およびω2,初期の格子ベクトル方位をδ1およびδ2とすると,格子ベクトル方位はφ1=ω1t+δ1およびφ2=ω2t+δ2と表せる。したがって,描かれるステアリングの軌跡はPG1及びPG2の回転の角周波数と初期の格子ベクトル方位の組み合わせに応じて様々に制御できる。
図3(b)に,2枚の偏光回折格子の回転により描かれるステアリングの軌跡をシミュレーションした結果を示す。PG1及びPG2の回転の角周波数と,初期の格子ベクトル方位δ1およびδ2の組み合わせに応じて,様々なリサージュパターンがステアリングの軌跡として描かれることが分かる。
しかし,パラメータをどのように組み合わせても,ステアリングの軌跡はリサージュパターンに限定され,LiDARやディスプレイ用途で一般的なラスターパターンを描くことはできない。
3.2 4枚の偏光回折格子を用いる方法
2枚の偏光回折格子を用いた形態における課題を克服するために,筆者らは4枚の回転偏光回折格子を組み合わせた光学系を新たに提案した5)。光学系の概略を図4(a)に示す。本光学系は,図3(a)の光学系において, PG2の後段に2枚の偏光回折格子(PG3及びPG4)が追加された形態となっている。偏光回折格子を4枚用いることで新たに得られる機能は次の通りである。
(1)走査パターン中心位置の空間シフト
4つの偏光回折格子で付与される幾何学的位相は互いに独立している。このため,PG1及びPG2の回転で描かれるリサージュパターンの中心位置を,PG3及びPG4の回転で描かれるリサージュパターンの範囲内で空間的に移動させることが可能である。図4(b)はシミュレーション結果であり,PG1及びPG2の回転条件を固定し,PG3及びPG4の回転パラメータを変えると,リサージュパタ ーンを保ったまま,半透明に塗られた円形の範囲内で空間的に移動させることができる。
(2)ラスターパターンの描画
図5(a)に示すように,PG1及びPG2の回転の角周波数をω1=-ω2,初期の格子ベクトル方位をδ1=δ2=δI,PG3及びPG4の回転の角周波数をω3=-ω4,初期の格子ベクトル方位をδ3=δ4=δII±π/2とすると,PG1及びPG2のペアとPG3及びPG4のペアはそれぞれ,透過光に対して互いに直交する直線走査を与える機能を担う。
このため,各ペア間に回転の角周波数差を与えれば,ステアリングの軌跡としてラスターパターンを描くことができる。図5(b)は,偏光回折格子の回転周波数と初期の格子ベクトル方位を変えながら描かれるラスター図形をシミュレーションしたものである。
それぞれの条件は各図の下部に記載の通りであるが,条件に応じて描かれるラスター図形の走査線密度と方向が異なることが分かる。この結果から,ラスターパターンの走査線密度や方向は,上記のラスターパターンの描画条件の下で,偏光回折格子の回転の角周波数と初期の格子ベクトル方位に応じて様々に制御できる。