1. はじめに
レーザービームの伝播方向を1次元的ないし2次元的に走査することを可能とするビームステアリング(BSシステム)について,自動運転のLiDARやプロジェクター等,これまでに様々な応用法が提案されている。
代表的なBSとして,ガルバノミラーやMEMSミラー等の反射型の光学素子を用いる方式があるが,原理上ビームが往復するだけの空間的スペースを要し,装置サイズが大型化するという難点を持つ。
そこで本稿では,システムの小型化等の観点から特に透過型の光学素子に基づく方式について着目する。透過型のBSシステムとして代表的なものには,ウェッジプリズムペアや等方性回折格子ペアを用いたものがある。
何れの方式も,透過型の素子を1次元的に配列させた形態でビームの偏向制御を行うことが可能であるが,前者のウェッジプリズムは比較的重量の重い素子であり,尚且つ素子の形状上重心が素子の中心に位置しないため,回転の安定性や高速性に難がある。一方で後者の等方性回折格子は,特定の回折次数にエネルギーを集中させることが難しく,望まない回折次数光は全てノイズとなってしまう。
少し話が脱線するが,従来のBS技術の多くにおいて,走査される光の偏光状態にはあまり着目されていない。しかしながら,光センシングの観点から,偏光を用いた照射には多くの利点がある。例えば,円偏光は散乱環境下において,直線偏光よりも自身の偏光度を保ったまま伝播できるという性質を持つ1, 2)。
この性質に基づいて,円偏光照射により直線偏光よりも高コントラストで被写体を撮像する技術も報告されている3, 4)。このような事実から,ビームを円偏光で走査照明可能なBS装置を実現できれば,光センシング用光源として有用であると期待できる。
本稿では,我々が近年開発した,複数枚の回転する偏光回折格子を用いたBSシステムについて紹介する5)。我々のBSシステムは,楕円率の高い円偏光を走査照明可能,透過方式のため装置の小型化が容易,且つラスタ ーパターンを含む様々な走査軌跡を描画可能であるという特徴を持つ。
2. 偏光回折格子の機能と作製方法
提案技術の鍵となる偏光回折格子は,図1に示すような光学軸が素子面内で線形に回転するように分布した半波長板である6~10)。まず初めに,本素子が示す回折特性について説明する。
光学軸方位φの半波長板に円偏光を透過させたときの偏光変換は,Jones行列計算を用いて以下の式で記述できる。
ここで,(1,+i)T√2 及び(1,-i)T√2はそれぞれ左円偏光と右円偏光のJonesベクトルを表している。式⑴より,半波長板を透過する円偏光は,回転方向を反転されると同時に,光学軸方位φに比例した位相因子exp[±i2φ]が付与されることが分かる。
この位相因子は,幾何学的位相と呼ばれている。ここで,偏光回折格子の光学軸分布は以下の式で表せる。
φは格子ベクトル方向,Λは格子周期である。この式から,偏光回折格子に対して空間的に広がりを持った一様な円偏光を透過させると,格子ベクトル方向に線形に増加(又は減少)する幾何学的位相がビーム断面内に付与されることが分かる。
ビーム断面内で線形且つ切れ目のない位相分布が生じている場合,その位相勾配に対応する方向に単一の回折光が100%の回折効率で発生する。図1(a)及び図1(b)は,左円偏光及び右円偏光を偏光回折格子に透過させた場合の回折特性を図示したものである。入射光が左円偏光(右円偏光)である場合,+1次(-1次)の方向にビームが100%の効率で回折している。この機能こそが,偏光回折格子が円偏光のBS用の透過型素子としてとして利用可能な所以である。
偏光回折格子は光学軸方位が空間的にパターン化された半波長板であるため,その作製には光学軸方位と複屈折の空間分布を加工するための技術が必要不可欠である。これには,大きく分けて構造性複屈折を利用する方法6)と,液晶の配向処理を利用する方法7~10)が用いられている。