化学気相成長による軽元素系無機蛍光体の薄膜プロセス

図1  レーザーCVDにより作製したBCN膜の外観写真(a),XRD図形(b),表面SEM像(c),断面SEM像(d),およびXPSスペクトル(e)[引用:文献23, 24)]。
図1  レーザーCVDにより作製したBCN膜の外観写真(a),XRD図形(b),表面SEM像(c),断面SEM像(d),およびXPSスペクトル(e)[引用:文献23, 24)]。

3. BCNとBNCO蛍光体の薄膜プロセス23, 24)

著者らは,CVDによる非酸化物セラミックスコーティングに関する研究を進める過程でBCN薄膜を合成した。一般に,CVDによるホウ化物や炭化物,窒化物などの非酸化物の製造には,ジボランや炭化水素,アンモニア,水素,塩化物などの安価であるが可燃性や腐食性の原料ガスを使用する。これら複数の原料を組み合わせるため,キャビネットや浄化装置等の環境整備や安全対策を講じる必要がある。したがって,研究対象の材料系や原料系を変えることは容易ではなく,多くのプロセスパラメータの調整が必要な材料探索に労力を割くことは難しい。

一方,比較的危険性が低く,取り扱いが容易な有機化合物を用いることもできる。例えば,N-trimethylborazineやTriethylamine boraneなどの有機化合物原料としたCVDによりBCN薄膜を合成できる7, 25, 26)。これらの原料を用いる場合でも,成膜時の副生成物に注意が必要であり,原料の加水分解性や酸化性などにも対策が必要であるが,単一の原料からBCNを合成できるため装置や成膜プロセスを簡素化できる。

著者らは,Tetrakis(dimethylamino)diboron(C8H24B2N4:TDMAD)を原料に選定し,高強度レーザーを援用したCVD(レーザーCVD)によりBCN膜を成膜した。成膜パラメータとしてレーザー強度53.2 W/cm2,成膜温度1100℃,炉内圧力200Paおよび成膜時間15分としたとき,無色透明な石英基板上に黒色のBCN膜が形成された(図1(a))。

このとき,原料輸送ガスとしてアルゴンを用いた以外に,水素やアンモニアなどの反応性ガスは用いていない。図1(b)はBCN被覆材のXRD図形であり,25-26°に幅広の回折ピークに強度増加がみられた。これはh-BNやグラファイトの六方晶構造の底面(0002)に対応し,乱層構造のBN(Turbostratic BN:t-BN)または結晶性の低いBCN膜が形成されたことを示唆する。

図1(c)および図1(d)には,得られたBCN膜の表面および破断面のSEM像を示す。平滑な表面組織で,クラックや空隙のない緻密質なBCN膜が形成された。図1(e)にはX線光電子分光分析(XPS)によるBCN膜のB1s,C1sおよびC1sスペクトルを示す。BCN薄膜中には不純物酸素が若干量(1.6 at%)含まれるが,他の金属元素は検出されず,化学組成はB0.38C0.37N0.25であった。

図2  CVDと熱処理によるBCNO薄膜蛍光体の合成プロセスの概要。レーザーCVDによりBCN薄膜を合成し(a),大気中でのレーザー熱処理によりBCNO層が形成され(b),紫外光照射下で発光を示す(c)[引用:文献24)]。
図2  CVDと熱処理によるBCNO薄膜蛍光体の合成プロセスの概要。レーザーCVDによりBCN薄膜を合成し(a),大気中でのレーザー熱処理によりBCNO層が形成され(b),紫外光照射下で発光を示す(c)[引用:文献24)]。

既往研究では,熱CVD,プラズマCVDおよびHot filament CVDにより様々な組成や構造を持つBCN膜が合成されてきた7)。本研究では,レーザーCVDを用いて単一原料から比較的高速(成膜速度:18.4μm/h)で簡易なプロセスにより均質で緻密なBCN膜が形成された(図2(a))。

得られたBCN膜に対して,レーザーCVD装置に備えたNd:YAGレーザーを活用し,大気中での熱処理を施した(図2(b))。レーザー照射によりBCN膜は急速に加熱され,数分から数十分程度の短時間の熱処理を施すことで,室温・紫外線照射下で蛍光を示すBCNOが形成された(図2(c))。図3(a)に熱処理を施したBCN薄膜のフォトルミネッセンス(PL)スペクトルを示す。励起スペクトル(蛍光波長:550nm)には300 – 450nmに幅広い励起バンドを有し,発光スペクトル(励起波長:375nm)には約580 nmを中心とした幅広い発光バンドを持つことがわかる。

PLスペクトルや中心波長はBCN膜の熱処理条件により変化し,汎用の大気炉中または減圧での酸素ガスフロー下でも蛍光特性を持つBCNOが得られる。BCNOの発光起源はh-BNへのCやOのドープによりバンドギャップ間に導入される不純物準位間の電子遷移,またはBO2 やBOアニオンと考えられてきたが,BCNO構造と発光機構との相関は実験および計算科学の両面から議論されている16, 27 ~30)。レーザー熱処理(1223 Kで5分間)を施したBCN薄膜の断面TEM像および電子線回折像を図3(b)~(e)に示す。

図3 レーザー熱処理により形成されたBCNOのPLスペクトルと断面TEM像。(a)励起・発光スペクトル,(b)表面近傍の断面明視野像,(c),(d)BCNO層の高分解能像,(e)BCNO最表面層の制限視野電子線回折像[引用:文献23, 24)]。
図3 レーザー熱処理により形成されたBCNOのPLスペクトルと断面TEM像。(a)励起・発光スペクトル,(b)表面近傍の断面明視野像,(c),(d)BCNO層の高分解能像,(e)BCNO最表面層の制限視野電子線回折像[引用:文献23, 24)]。

最表面(100 ~400 nm)にコントラストの明るいBCNO層が形成された(図3(b))。XPSによる元素組成の深さ分布測定の結果,最表面ではB0.47C0.03N0.24O0.26であり,スパッタ時間の増加にともないCおよびO組成はそれぞれ増加および減少した(ホウ素および窒素組成はほとんど変化しない)。

なお,表面から400nm以上の深さにおける暗いコントラストの元素組成は熱処理前のBCN膜と同一であった。BCNO層の高分解能明視野像にはBCNOの層状構造を反映した縞状模様が観察された(図3(c)および図3(d))。さらに,図3(e)に示すように制限視野電子線回折像はスポット状のパターンが現れた。これは,熱処理過程における酸化の進行方向やBCN膜の配向性に影響を受け,表面に対しておおよそ平行に配列した層状BCNO構造が形成したことを示す。

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