1. 構造色
我々の身の回りには人工物・自然物質を問わず,様々な色彩が存在する。これらの色彩は主に染料や顔料に含まれる色素が光を吸収することによって,生み出されるものである。広帯域なスペクトルを持つ太陽光や蛍光灯・LEDが照射されると,色素が特定の波長の光を吸収し,その他の波長の光が反射されて(補色)視覚的に認識している。このような従来の発色方法では,有機系色素の電子遷移を伴うため,光励起状態の有機分子はいずれ分解し,退色する。
一方,光の波長程度の微細構造による光の散乱・干渉・回折を用いた“構造色”は,原理的には半永久的に発色が可能である。構造色では,本来無色である物質が微細構造と秩序配列によって,発色する。構造色の例は自然界でも多く,モルフォ蝶やタマムシの羽は特定の波長の光が干渉により反射され発色している。このような自然界の構造発色に倣った技術の研究開発および製品化が進展しており,近年では自動車塗装用の構造発色性顔料が開発されている。構造色のコンセプトそのものは黎明期を過ぎて,実用段階へ移行している。
しかしながら,一般的な構造色は光の干渉を利用するため,波長程度の構造体が長距離秩序をもって配列する複雑かつ比較的大きな構造(数µm以上)を持っている。そのため,大面積に着色可能で汎用性の高い構造色“塗料”としての利用は困難である。さらに,干渉条件は入射角・反射角に非常に敏感であり,観測する角度によって色が変化する(遊色効果)という課題がある。
2. ナノ構造による構造色の特長と問題点
上記に対し,光の波長より小さいナノ構造体が示す角度依存性の小さい構造発色に関する研究が活発化している。特に,金や銀のナノ構造に励起される表面プラズモン共鳴を用いた構造色はプラズモニックカラーと呼ばれ,多数の研究が報告されている1)。
表面プラズモン共鳴により,貴金属ナノ構造は大きな光吸収・散乱断面積を示し,波長よりはるかに小さい構造でも発色が可能である。また,金属の種類やナノ構造体のサイズ・形状により広い範囲で共鳴波長制御が可能である。これまでに,半導体微細加工技術を駆使し,鮮やかな発色を示す構造が形成され,数十µm領域で100,000 dpi以上の超高解像度印刷技術が実現されている2)。
また,大面積に施工するため,貴金属ナノ粒子を分散したコロイド溶液・インクを塗布・印刷する技術の開発が進められている。しかしながら,貴金属材料は可視波長域で大きな吸収損失をもつため,シンプルな構造では色空間が狭く,高彩度発色を実現することは原理的に困難である。また,可視波長域で質の高いプラズモン共鳴を励起できるのは金もしくは銀に限られており,塗料や顔料への応用は材料コスト面で大きな課題となっている。
近年では,高屈折率誘電体材料のナノ構造が特殊な光学共鳴を示す点に着目し,新たな構造発色性ナノ構造の形成に関する研究が提案されている3)。後述のように屈折率が大きい誘電体では,ナノ構造が低次のMie散乱を共鳴的に発するため,反射色を実現できる。これまでの研究は,ナノ構造の作製には電子線描画等の微細加工技術を用いて,微小領域(数百µ m2以下)に高解像度で印刷する技術開発がターゲットであった4, 5)。
本稿では,大面積に着色可能な構造色技術の開発を念頭に,高屈折率誘電体のナノ粒子が分散したコロイド溶液を作製し,「塗る」と「乾かす」のみで,着色できる構造色“インク”に関する研究を紹介する。