ガラス構造設計に基づく光機能ガラスの開発

3. ガラス内部構造の設計による高効率蛍光ガラスの開発

図5 xMgF<sub>2</sub>-(66.7-2x/3)BaO-(33.3?x/3)B<sub>2</sub>O<sub>3</sub>ガラスの蛍光スペクトル(文献13より引用)
図5 xMgF2-(66.7-2x/3)BaO-(33.3?x/3)B2O3ガラスの蛍光スペクトル(文献13より引用)

このようなフッ化物の凝集した構造形成はガラス形成や蛍光特性の観点からも興味深い。Eu3+を添加したMgF2-BaO-B2O3ガラスの蛍光スペクトルと内部量子効率を図5,図6に示す13)。MgF2添加により量子効率は増大し,ほぼ100%の量子効率を示した。これほど高い効率の希土類発光を示すガラスの報告は著者の知る限り他にない。このガラスの構造を分子動力学(MD)シミュレーションにより明らかにした(図7)。

図に示すように,結合の選択性によりガラス中に酸化物とフッ化物が分離し,酸化物マトリックス中でフッ化物が凝集した微構造をとっている。発光中心である希土類イオンは,フッ化物に囲まれた低フォノンエネルギーの局所環境でありながら,酸化物と共存することでサイトの非対称性が高くなり遷移確率が高くなる。

図6 (左軸)MgF<sub>2</sub>-(66.7-2x/3)BaO-(33.3-x/3)<sub>2</sub>O<sub>3</sub>ガラスの量子効率および(右軸)<sup>7</sup>F<sub>0</sub>g<sup>5</sup>D<sub>1</sub>と<sup>7</sup>F<sub>0</sub>g<sup>5</sup>D<sub>2</sub>の蛍光強度比。図内の表に各種ガラスの蛍光強度比を示す(文献13より引用)
図6 (左軸)MgF2-(66.7-2x/3)BaO-(33.3-x/3)2O3ガラスの量子効率および(右軸)7F0g5D17F0g5D2の蛍光強度比。図内の表に各種ガラスの蛍光強度比を示す(文献13より引用)

このガラス系と類似した組成からなるBaMgBO3F結晶はBO3とMgO4F2ユニットを持ち,BO3とMgO4の酸化物平面とBaとFからなるフッ化物平面から構成されており,ガラス構造と比較しても類似性が見られる。BaMgBO3F:Eu3+,Li+は83%と高い発光効率を示すが14),ガラスはさらに高い発光効率を示していることは興味深い。

さらに,近紫外光励起下でこのガラスは典型的な赤色蛍光体Y2O3:Eu3+の3倍以上の発光強度を示した。ガラスは蛍光体としては結晶に劣る,というのが通説に思うが,ガラスの構造をうまく作り込めれば必ずしもそうではないようである。

ガラスを結晶化などの処理をすることなく,ガラスのままで結晶よりも高性能を目指せるため,さらなる発展を目指して研究を行っている。同様のアプローチによって,Eu3+の赤色発光以外にもTb3+の緑色やCe3+の青色でも非常に高い発光効率のガラスも得られている。また,蛍光以外でも,エックス線や中性子線などを励起源とした発光現象であるシンチレーターとしても優れた特性を示す15)。本稿では核形成と発光特性について紹介したが,このようなアニオンの偏りの制御は,様々な機能性・物性を設計する上でも役に立つのではないかと期待している。

図7 MgF<sub>2</sub>-BaO-B<sub>2</sub>O<sub>3</sub>ガラスの構造
図7 MgF2-BaO-B2O3ガラスの構造

4. おわりに

ガラスはレンズや光ファイバー,基板,ファイバーレーザーや光増幅器など,光学研究者にとっても最も馴染みのある素材の一つといえるだろう。一方で,本稿で紹介したように,市販されているような典型的なガラスとは違った特有の特性,機能を示すガラスも研究されている。新しいガラス材料の開発を成功に結びつけるには,ガラス材料の研究者とデバイスのユーザーとの相互理解を深めることが重要であろう。本稿がささやかながらその一助となれば幸甚である。もし多少なりとも興味を持たれたら,ぜひご連絡いただきたい。

謝辞

本研究に関わる全ての共同研究者に心より感謝する。本研究の一部は,JSPS科研費16K18233および19K15663,日本板硝子材料工学助成会の支援により遂行された。

参考文献
1)例えば,山根正之ら編,ガラス工学ハンドブック,朝倉書店(1999)など
2)S. Inaba, H. Hosono, S. Ito. Nature Mater. 14 (3):312-17 (2015).
3)F. Suzuki, F. Sato, H. Oshita, S. Yao, Y. Nakatsuka, K. Tanaka, Opt. Materials, 76:174-77 (2018).
4)K. Shinozaki, S. Abe, T. Honma, T. Komatsu, Opt. Materials, 49:18289 (2015).
5)M. Poulain, M. Poulain, J. Lucas, and P. Brun. Mat. Res. Bull. 10:243-46 (1975).
6)N. Bloembergen, Phys. Rev. Lett. 2(3):84-85 (1959).
7)F. E. Auzel, Proc. IEEE61 (6):758-86 (1973).
8)Y. Wang, J. Ohwaki. Appl. Phys. Lett.63 (24):3268-70 (1993).
9)K. Shinozaki, T. Honma, T. Komatsu, J. Ceram. Soc. Jpn. 121:1413 (2013).
10)K. Shinozaki, T. Honma, K. Oh-Ishi, T. Komatsu, J. Phys. Chem. Solids,73:683-687 (2012).
11) P. G. Vekilov, Cryst. Growth Des. 4:671-685 (2004).
12) K. Shinozaki, R. Konaka, T. Akai, J. Euro. Ceram. Soc. 39 (4):173539 (2018).
13) K. Shinozaki, S. Sukenaga, H. Shibata, T. Akai, J. Am. Ceram. Soc. 102 (5):2531-41 (2020).
14) K. Shinozaki, T. Akai, JpnJ. Appl. Phys. 56(9):92601 (2017).
15) H. Samizo, K. Shinozaki, T. Kato, G. Okada, N. Kawaguchi, H. Masai, T. Yanagida. Opt. Materials, 90:64-69 (2019).

■Development of photo-functional glasses based on glass structure design
■Kenji Shinozaki

■National Institute of Advanced Industrial Science and Technology, Nanomaterials Research Institute, Advanced Glass Group

シノザキ ケンジ
所属:(国研)産業技術総合研究所 ナノ材料研究部門 高機能ガラスグループ 研究員

(月刊OPTRONICS 2020年10月号)

このコーナーの研究は技術移転を目指すものが中心で,実用化に向けた共同研究パートナーを求めています。掲載した研究に興味があり,執筆者とコンタクトを希望される方は編集部までご連絡ください。 また,このコーナーへの掲載を希望する研究をお持ちの若手研究者注)も随時募集しております。こちらもご連絡をお待ちしております。
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