2. ガラスの結晶化制御とアップコンバージョン
ガラスは熱処理により熱力学的に安定な規則構造である結晶を析出する。ガラスの成形性などの優れた特性や接合の容易さに,結晶特有の機能性を付与できる。バルクとしてだけでなく,ナノ結晶を析出させたファイバーや,図1に示すように空間選択的加熱により単結晶や配向結晶を導波路状に析出させたガラス部材も可能である4)。
我々は,特に酸フッ化物に注目してガラス開発を行っている。フッ化物は酸化物に比べ結合エネルギーが小さく,結合の振動数が小さいので低フォノンエネルギーである。このため,酸化物に比べ長波長域まで赤外線をよく透過する,発光中心が吸収したエネルギーが熱振動として失活されにくく発光特性に優れるなどの特徴がある。
PoulainらによるZrF4系ガラスの報告以来5),フッ化物ガラスは低損失ファイバーやレーザーホスト材料として注目され,ZrF4-BaF2-LaF3-AlF3-NaF(ZBLAN)系やAlF3系などは幅広い透過波長域を有するガラスファイバーやファイバーレーザーあるいは光増幅器などとして研究され,市販されてもいる。
低フォノンエネルギーのホストを利用した発光現象としてアップコンバージョンがある。アップコンバージョンは赤外線など長波長の光を短波長に変換するプロセスである。複数の弱いエネルギーの光子を1つの高いエネルギーの光子に変換するプロセスであり,太陽光の高度利用やレーザー,表示やセンシングなど各種用途に向け研究が行われている。希土類系のアップコンバージョン自体は古くから知られており,Bloembergenにより赤外光検出の手段として提案され6),1966年にAuzelによって7),希土類イオン含有ガラスにおいて初めて赤外光励起による緑色発光が観測された。
フッ化物ガラスや,更に低いフォノンエネルギーの塩化物ガラスなどのアップコンバージョン発光やレーザー発振も注目された。ガラスを用いるメリットとして,ファイバーなど自在な形状設計が可能であり,狭領域に大きなエネルギー密度を集中させやすいこと,細くすることで放熱性を高めて熱消光を避けやすいことなどがある。しかし,発光特性は結晶系に比べて劣り,実用的かつ効率の高いアップコンバージョンガラスは未だに実現していない。
1993年のWangとOhwaki8)による酸フッ化物ガラスからのフッ化物ナノ結晶析出の報告を契機に,酸フッ化物ナノ結晶化ガラスの研究が盛んに研究されるようになった。フッ化物結晶を発光ホストとすることで,フッ化物ガラスよりもさらにフォノンエネルギーを低減することができる。フッ化物ナノ結晶析出によりアップコンバージョン強度は100倍以上増大する。これらの透明ナノ結晶化ガラスはガラスの熱処理結晶化により合成される。一般的に,母ガラス組成として高粘性成分である珪酸塩系あるいはアルミノ珪酸塩系が選択される。ガラスネットワークが弱めるフッ化物が熱処理中に失われ,粘性は顕著に低下するため結晶化にブレーキが掛かるため,析出結晶はナノサイズとなる。成長も同時に加速されるので結晶粒径が粗大化し透明性を損なう。
この酸フッ化物透明ナノ結晶化ガラスは酸化物とフッ化物の長所を備えた優れた材料であるが,発光中心である希土類イオンを添加すると粗大な分相形成により透明性を損なうこと9),アルミノ珪酸塩系は高溶融温度を必要とするが,高温を要するため溶融や熱処理の過程でフッ化物成分が脱離してしまい組成ムラを生じること10)などの問題がある。
そこで著者らは結晶成長の抑制ではなく核形成に注目した組成設計を試みている。図2にガラスの構造解析結果をもとに作成したガラス構造イメージを示すが,酸化物が凝集した領域と,フッ化物が偏析した領域が共存している。核形成は結晶と類似した組成や密度のゆらぎから始まるため,析出結晶と類似性のある密度,組成,構造のゆらぎを経由することで核形成の活性化エネルギーが顕著に低下する11)。
よって,結晶成分が偏った局所構造は核形成サイトとして機能すると考えられる。図3に熱処理結晶化ガラスのTEM像を示すが,~5nmのナノ結晶が析出し,粒径,粒度分布いずれも非常に小さい12)。そのため,母ガラスと変わらない高い透明性を示す。現在,熱処理過程を経由しないアップコンバージョンナノ結晶化ガラスの開発にも取り組んでいる。図4のように,ファイバーを引き上げる過程でナノ結晶化させることもできるガラスの開発にも成功した。従来必須であった熱処理も不要で特性も高い。現在デバイス特性の評価に取り組んでいるが,ブレークスルーに繋がるのではないかと期待している。