1. はじめに
発光ダイオード(Light Emitting Diode:LED)と蛍光素子を組み合わせた材料は,ディスプレイ,照明など現代社会において欠かせないものとなっている。身近に使用されている発光体は無機蛍光体が主流だったが,近年では有機骨格を含む分子性発光体も注目されている。その中でも,筆者は希土類(レアアース)と有機分子から構成される無機・有機ハイブリッド材料「希土類錯体」に着目して研究を行っている。本稿では発光性希土類錯体の特徴および最新の研究動向について紹介する。
2. 魅力的な発光性希土類錯体
希土類とは,元素周期表の第3族に属するスカンジウム,イットリウムにランタノイドの15元素を加えた17元素の総称である。多くの三価希土類イオンは4f軌道に存在する電子に基づき特徴的な機能を示すことが報告されている。筆者は内殻の電子軌道である「4f軌道間遷移」に由来した色純度の高い発光に着目した。光の色純度は波長によって特徴づけられる。希土類錯体と有機EL用蛍光色素の発光波長(横軸)と発光強度(縦軸)の関係を図1に示す。希土類錯体は発光波長幅が狭い(「色純度が高い」)ことに対し,蛍光色素は発光波長幅が広い(「いろんな色が混ざっている」)。このように希土類錯体の発光は単色を効率的に取り出すことができるという利点がある。
一般的に発光体の輝度は光吸収能力と発光量子収率を掛け合わせた数値で表される。希土類錯体は光吸収能力が高い有機骨格を含むため(モル吸光係数>10,000 cm–1M–1),高い発光輝度を創出することができるポテンシャルもある。そのポテンシャルを活かすため,有機配位子が吸収した光エネルギーを希土類発光に高い効率で変換できる希土類錯体の開発が活発に行われてきた1)。その中で筆者の研究グループはユウロピウム錯体において紫外光励起で高い発光量子効率を示す有機骨格の組み合わせを明らかにしている(図2,ヘキサフルオロアセチルアセトナト(hfa)とホスフィンオキシド誘導体)2)。筆者は産業応用を視野に入れ,このホスフィンオキシド誘導体の構造を精密制御することで高輝度・高耐久性を示すユウロピウム錯体の開発を行っていった。
3. ユウロピウム錯体の耐久性をアップしたい3〜4)
一般にユウロピウム錯体のような有機骨格を含む化合物は無機物質と比較して耐久性が低いことが知られている。そのため産業応用に向けて,耐久性を向上する手法を構築することが重要となる。このような有機錯体の耐久性を高めるため手法として「剛直な構造」を組み上げることが戦略の一つとして挙げられる。筆者の研究グループは❶一次元の配位高分子を形成させ,❷配位高分子同士を相互作用させることで,無機骨格のような堅い構造の構築を検討してきた(図3左)3)。堅牢な配位高分子を形成させることで希土類と結合している有機物の熱脱離を抑えることができ,LEDにも搭載可能となる。しかし,このような配位高分子は有機溶剤に対する溶解性および樹脂に対する分散性が悪いという問題も内在した。
そこで筆者は別の角度から分子デザインを考えた(図3右)。ユウロピウム錯体には有機分子が複数配位している。この錯体内において有機分子同士を強く相互作用させれば溶解性・分散性を保持したまま高い熱耐久性を誘起できることが期待される4)。
具体的には4つの芳香族が縮合した「トリフェニレン」という芳香族分子をホスフィンオキシド部位に導入したユウロピウム錯体を設計した。合成した分子について単結晶X線構造解析をするとトリフェニレン同士(“π-ππ相互作用”)およびトリフェニレン環の水素とhfaのフッ素原子が強く相互作用しており(“CH-F相互作用”),剛直な構造を形成していた(図4)。この錯体の熱分解温度は310℃と配位高分子と同程度の値を示すだけでなく有機溶媒に高い溶解性を示した。また,トリフェニレン骨格に由来して吸光係数の最大値は配位高分子一ユニットと比べて約8倍大きくなり(ε=18万cm–1M–1),紫外光励起の発光輝度も大幅に向上させることができた。