4. どこまでユウロピウム錯体の発光輝度を高められるか5)
3章で示した高耐久性ユウロピウム錯体モデルを基盤として,どこまで発光輝度を高められるのだろうか。このトリフェニレンを構成した「芳香環の並び方」を変えることでユウロピウム錯体に更に強い光吸収能力を付与できないか検討した。
4つの芳香環がジグザク型に縮合した「クリセン」骨格に着目した5)。クリセンは高い吸収能力を示すだけでなく,ユウロピウムに対するエネルギードナーとして励起準位が十分高い位置に存在する。クリセンを導入したユウロピウム錯体(図5左)はトリフェニレン錯体(図4左)と同様に,有機配位子間の強い相互作用により剛直な構造を形成しており(図5右),高熱耐久性および有機溶媒への高い溶解性を示した。さらに驚くべきことに光吸収能力の指標である吸光係数の最大値は49万cm–1M–1(紫外光)であった。この値は今まで報告されてきた発光性ユウロピウム錯体の中で最も高い。この強い紫外光吸収に基づきクリセン錯体の方がトリフェニレン錯体よりも高い発光輝度を示すことが明らかとなった。
5. 青色LED励起型の高耐久・高輝度ユウロピウム錯体6)
筆者はユウロピウム錯体の耐久性・発光輝度を向上させることに成功してきたが,発光させるために紫外光源が必要であり,その応用用途が限られていた。マイクロ青色LEDと蛍光素子を組みわせた高画質ディスプレイが注目されていることからも,量子ドットよりも色純度が高い発光を示すユウロピウム錯体を青色光励起で強く光らせる技術は重要と考えられる。近年,筆者は青色光励起型ユウロピウム錯体の創成にも成功したので,その技術について紹介する。
まず,ユウロピウム錯体を青色光源で強く光らせることが難しい理由について考える。青色光の方が赤色光よりエネルギーが高いため,一般的な発光体(蛍光色素など)においては青色光源で赤色発光を誘起することは難しくはない。この違いは「ユウロピウム錯体のエネルギー移動機構」と「ユウロピウムの長い発光寿命」に由来する。希土類錯体において有機骨格が光吸収した後,異なったスピン状態への素早い緩和過程がある(図6左,エネルギーロス❶)。また有機骨格からユウロピウムへエネルギーが移動した後,ユウロピウムの励起寿命が長いためエネルギーが有機骨格に逆戻りしやすい。そのため,有機骨格の励起準位はユウロピウムの発光準位に対して十分高いことが必要となり(図6左,エネルギーロス❷),これら二つの性質が青色光源で強く光るユウロピウム錯体の創成を妨げてきた。
そこで筆者はユウロピウムよりも有機骨格の励起寿命が長くなる特殊な錯体デザインを検討した。そのデザインをすることにより有機骨格とユウロピウムの励起状態平衡において,ユウロピウム励起状態から発光を選択的に取り出すことが可能となる(図6右,エネルギーロス❷の解決)。さらに,スピン緩和エネルギーを小さくする設計(図6右,エネルギーロス❶の解決)も導入することで青色光の吸収を利用できるようになると考えた。
このデザインコンセプトを基にナノカーボンの一種であるコロネンを導入した二核錯体を合成した(図7)。このコロネン錯体もトリフェニレン,クリセン錯体と同様に配位子間相互作用が効果的に働き剛直な構造を形成して,熱分解温度は約330℃と高い値を示した。一分子当たりの青色光励起の発光輝度は今まで報告されてきた発光性ユウロピウム錯体の最高値と比べて5倍以上大きい値を達成した。