2. 硫黄を有する棒状分子への展開
上述したように,大きな複屈折を発現するための分子構造として,分子長軸方向の分極率を向上させる必要がある。酸素と同じ第16族元素である硫黄は,汎用元素である炭素や酸素などと比較して分極率が高いことから,有機材料の高屈折率化には有効な元素として知られている9)。我々は以前に,図2に示すアルコキシ基(酸素系置換基)を有するπ共役系棒状分子の分子構造と複屈折性の関係を研究しており8),次にそれら液晶分子の複屈折性を向上させるために,硫黄を有するアルキルチオ(SR)基に注目し,それらを分子長軸方向に導入することで,高いaxを有する棒状分子を設計した。
DFTによる分子計算から,それらの分極率はアルキル基(炭素系)やアルコキシ基の類縁体と比較して,主にαxが向上し,大きな分極率異方性(Δa)を示すことがわかったものの,実際に分子を合成すると,図3に示すSR基を有する誘導体は液晶性を示さないことがわかった。SR基を有する棒状液晶分子の文献を探しても,そのほとんどが非液晶性か,狭い温度範囲で液晶性を示すものばかりであり,それらの液晶相における物性の報告例はなかった。そこから我々の興味は,液晶性を示す含硫黄棒状分子を合成し,その液晶性および,複屈折特性の解明へと進んだ。以下,筆者らが行ってきた研究の一部を紹介する。
2.1 汎用的な分子における硫黄の効果
汎用的なジフェニルジアセチレン分子をモチーフに,片末端はアルキルチオ基に固定し,もう片末端を様々な置換基に変えることで,液晶性を付与できるか検討した。その結果,炭素数が5以上の長鎖アルキル基を導入した分子のみが液晶相を形成し,いくつかの分子の液晶相が室温以下まで過冷却されることがわかった(図3)10)。ここで,なぜアルキル基が液晶性を付与させることに有効であったかを検討するために,DFTにより分子計算を行ったところ,アルキル基はベンゼン環に対して面外方向に出るコンフォメーションが安定であることがわかった。
一つの要因として,アルキル鎖による隣接分子との立体障害により分子の位置の融解が促進され,液晶相を示しやすくなったものと推測している(アルキルチオ基による液晶相の不安定化は,硫黄-炭素結合の屈曲による隣接分子との立体障害や,大きな分子間引力相互作用によるものであると考えられるが,詳細な議論は原著論文11, 12)を参照されたい)。図4に示す複屈折性の波長依存性の評価では,アルコキシ基類縁体と比較し,アルキルチオ基類縁体は可視全域で複屈折が向上していることがわかる。
2.2 複屈折値の最高値を目指して
さらに大きな複屈折性の発現を目指し,π共役系を拡張させたビストラン構造へと展開した(図5)13)。最初に述べたように,アルキルチオ基を末端に有するビストラン分子も液晶性を示さない。そこで,我々は,ビストラン構造の中心のベンゼン環にフッ素を導入した分子を合成した。メソゲン構造の側方位へのフッ素の導入は,分子間のパッキングの抑制による融解の促進,分子間力の低下などの効果により,相転移温度を下げるための有効な手段の一つである14)。
その結果,フッ素を導入した分子は110から140℃でN相を示すことがわかった。この分子構造をモチーフに,複屈折の最高値を目指し,図5に示す3つの化合物を合成した15)。neを向上させるために,炭素数の最も短いメチルチオ基(SCH3)に固定し,それぞれ,分極率の高いイソチオシアネート基(NCS)およびシアノ基(CN)との非対称系置換基と,両末端にSCH3を導入した対称系置換基の分子を合成し,相転移挙動および光学特性の評価を行った。
その結果,非対称系のNCSとCNを有する分子は,それぞれ100℃以上の広い温度範囲でN相を示すことがわかった。それらの屈折率および複屈折の温度依存性評価より(図5),3つの化合物全てが等方相から液晶に転移した時点におけるΔnが0.4を超え,NCSを有する分子のΔnは液晶低温領域において0.77(at 550 nm),そのneは2.35まで到達することがわかった。これは単一分子系において報告される複屈折としては最高値であり,ダイヤモンドの屈折率である2.4に匹敵する値を分子長軸方向に有する分子を実現することができた。