続いて三成分結晶を調製するための分子デザインとして,3位にピリジル基を含むナフタレンジイミド誘導体(2),トリス(ペンタフルオロフェニル)ボラン(TPFB),芳香族分子溶媒(Guest)を用いた(図3(a))7)。2に修飾したピリジル基(N)は非共有電子対を持つルイス塩基である。TPFBは嵩高いペンタフルオロフェニル基を有し,中心のホウ素原子(B)は空軌道を持つルイス酸である。ルイス酸−塩基形成による分子間相互作用を用いることで,2とTPFBから構成される複合体(2-TPFB)をホストとして利用した。サンプル管に2を一当量,TPFBを二当量,芳香族分子溶媒(Guest)を過剰量混合し,Guestの沸点近くまで加熱後,室温まで冷却することにより2,TPFB,Guestから構成される三成分結晶(2-TPFB・Guest)を得た。この系に関しては,異なる20種類以上のGuestを用いても三成分結晶が得られた。
例として2-TPFB・m-キシレンの単結晶X線構造解析の結果を図3(b)に示した。2のピリジル基(N)とTPFBのホウ素原子(B)の結合距離は1.63 Åであり,分子間相互作用であるホウ素−窒素配位結合を結晶中で形成し,2:TPFB:Guestの組成比は1:2:2の割合で構成される三成分結晶であった。Guest(m-キシレン)が二分子包接した構造を持ち,一分子包接であった二成分結晶とは異なる。これは嵩高いTPFBによって形成される大きな空隙が生じることに起因する。そのため20種類以上のGuestに対しても同様の三成分結晶が得られたと考えられる。
三成分結晶(2-TPFB・Guest)は,2とGuestとの電荷移動(Charge-Transfer(CT))錯体形成により,Guestの種類に応じた呈色と発光特性を示した。CT錯体とは,電子豊富な化合物(ここではGuest)から電子不足な化合物(ここではナフタレンジイミド部位)への部分的な電荷移動が生じる錯体のことである。ベンゼン,トルエン,m-キシレン,m-メチルアニソールの4種のGuestを用いた際の光学特性の比較を図4に示す。拡散反射スペクトル測定(固体の吸収スペクトル測定)の結果,Guestの置換基として電子供与性基の数が増えるに従い,より低エネルギー(400 nm→550 nm)の吸収を示した。Guest分子単独はいずれも紫外領域(<400 nm)の吸収しか示さない。
すなわち400 nm→550 nmの吸収は,Guestが存在することで新たに生じる吸収帯であり,2のナフタレンジイミド部位とGuest間で生じるCT錯体形成(CT吸収)に由来するものだと結論づけた。紫外光照射下での蛍光顕微鏡観察,および発光スペクトル測定の結果,Guestの種類に依存した多色発光が観測された(図3(c))。発光スペクトルの極大発光波長エネルギー(cm–1)とGuestのイオン化ポテンシャル(eV)は,非常に良い直線関係を示した(図4(b))。これは2のナフタレンジイミド部位とGuestとのCT吸収からの発光であることを示している。二成分結晶でも同様の原理でユニークな固体発光特性を示したと考えられる。発光量子収率は,高いもので30%を超えており,固体発光材料としては比較的高い値であった。三成分結晶をアセトン等の溶媒に溶解させた場合は,ほとんど発光特性を示さない。すなわち複数成分の異なる分子を集積化し,多成分結晶を形成することで得られる新しい機能性色素であるといえる。