分子の自己組織化を用いた機能性色素の創製と発光性センサー材料の開発

3. 圧力センサーへの応用

機能性色素の応用の一つとして,外部刺激に応答して色(呈色や発光色)が変わる材料が知られている。例えば光,熱,蒸気,電気,圧力を刺激とするものをフォトクロミズム,サーモクロミズム,ベイポクロミズム,エレクトロクロミズム,ピエゾクロミズムと呼ぶ。適切な機能性色素の利用により,外部刺激に応答するセンサー材料として利用できることを示している。先に二成分結晶,三成分結晶は,複数成分の異なる分子を集積化することで得られる機能性色素であることを述べた。

また結晶中で構成する電子不足なホスト分子と電子豊富なGuest分子との分子間相互作用(CT相互作用)によって,ユニークな固体発光特性を示した。著者らは,この構造特性を利用すれば,外部圧力に応答して発光特性を変化させる圧力センサーとして機能するのでは無いかと着想した。そのアイデアを実現するため,二成分結晶(1・4-フルオロトルエン)をダイアモンドアンビルセル内の試料空間に詰め,圧力媒体としてケロシンを封入した。ダイアモンドアンビルセルとは,物質にギガパスカル(GPa)オーダーの超高圧力を印加する装置のことで科学研究で広く使われている。1・4-フルオロトルエンの二成分結晶は,常圧下(1 atm)では480 nmに極大発光を持つ水色発光であったが,ギガパスカル(GPa)オーダーの外部圧力の印加に応答して水色→緑色→黄色→赤色発光へと段階的に変化し,その応答が可逆的であることを見出した(図58)

図5 自己組織化材料を用いた発光性圧力センサー。
図5 自己組織化材料を用いた発光性圧力センサー。

発光色の変化は,分子集積構造の破壊(ここではランダムな構造に転移すること)に由来するものではなく,外部圧力に応答した分子集積構造の圧縮と復元に起因するものである。そこで常圧下(1 atm)と超高圧下(3.2 GPa)にて単結晶X線構造解析を行ったところ,1のナフタレンジイミド部位とGuest(4-フルオロトルエン)との分子間距離が3.52 Åから3.31 Åに圧縮していることが明らかとなった。外部圧力により分子間距離を強制的に近づけた結果,分子間相互作用(CT相互作用)に電子的な摂動を与え,結果として発光特性の長波長シフトが観測されたことを示唆している。このような発光色変化は,メノウ乳鉢を用いた機械的粉砕(すりつぶし)では観測されない。分子集積構造により得られた機能性色素が示す特徴的なピエゾフルオロクロミズム特性,すなわち圧力センサーとして機能することを示した例である。

4. 有機化合物センサーへの応用

BTXとはベンゼン(Benzene),トルエン(Toluene),キシレン(Xylene)の頭文字であり,石油化学産業で有用な芳香族炭化水素であるとともに,人体への有害性が懸念される物質群でもある。例えば,築地市場から豊洲市場への移転に関して,地下水汚染や土壌汚染報道がなされたが,これらは基準値以上のベンゼンの検出に伴うものである。そのためこれら揮発性有機化合物(Volatile Organic Compounds: VOCs)の高感度かつ高選択的な検出法の開発は重要である。ガスクロマトグラフィーやNMRなどの特殊な装置の知識・技量を必要とせず,吸収や発光の変化を利用してガス状物質を検出可能なケミカルセンサーの開発は,目視で分子を検出することができる点で魅力的である。機能性色素の観点から言うと,ベイポクロミズムを示す材料開発を指す。

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