まず我々は,SWCNT膜中の残留不純物量を評価する為,X線光電子分光(XPS)測定をおこなった(図6)。塗布膜では,分散剤に由来する原子(N,O,I)のピークが大きく観察されており,膜中に分散剤が残留していることが分かる。塗布膜を有機溶媒に1時間浸して洗浄すると,これらのピークは減少し,洗浄によって分散剤がある程度除去されることが確認された。一方,光製膜では,上記のピークはほとんど観察されず,塗布膜や,それを洗浄した膜に比べて残留不純物が極めて少ない事が確認された。
原子間力顕微鏡(AFM)観察によって,分散剤の残留が,SWCNT膜の表面形状にも大きく影響することが分かった(図7)。光製膜では,SWCNTの繊維状の形状が明瞭に観察されたのに比べ,塗布膜では残留する分散剤中に埋没し,部分的にのみ繊維状のSWCNTが観察された。
光製膜法では,光照射された部分にのみSWCNT膜が形成されるという特徴を活かし,照射する光のパターンを変化させることで,様々なパターン膜を簡単に作製することが可能である(図8)。現在,我々の技術では,約200 μm幅のラインでSWCNTを製膜することが可能である。今後,分散液組成や濃度,光照射装置の最適化をおこなう事で,より細いパターンも製膜可能になると考えている。また,分散液中のSWCNT濃度や,液膜の厚み,光照射時間,強度を変えることで,形成されるSWCNT膜の厚みを数十nm〜数μmと変化させることも可能である。
光製膜法に適用可能な基材はガラス,樹脂,ゴムと多岐にわたる。例えば,ソーダライムガラス,石英ガラス,フッ化カルシウムといった無機材料から,ポリエチレンテレフタレート(PET),アクリル樹脂,ポリスチレン,シリコンゴムといった有機材料まで,様々な種類の基材に製膜することが可能である(図9)。また,平面の基材のみでなく曲面への製膜も可能である。例えば,ガラス瓶の中に分散液を加え,外から光照射することで,図9に示すような市松模様のSWCNT膜をガラス瓶の内壁に作製可能である。
以上の通り,光製膜法は,これまでの塗布法にはない興味深い特徴を有しており,SWCNTをはじめとするナノ炭素材料の加工技術として様々な場面での応用が期待される。
5. おわりに
本稿では,我々が開発した光応答性分散剤,およびそれを用いた光製膜法の特徴を示した。光を使った加工技術は,フォトリソグラフィーや光造形など,光硬化性の樹脂を使った技術が知られている。我々の光製膜法は,一見すると光を照射することで液体が固体に変化するという,光硬化反応のように見えるが,元々分散性の低い(凝集しやすい)材料を無理やり分散させ,光によって元の凝集状態に戻してやるという手法であり,全く異なる光加工技術である。
硬化させていない為,得られた膜の強度等に課題はあるが,ナノ炭素材料やナノ粒子をはじめとする,種々のナノ材料への適用の可能性があることや,材料単独の高純度な膜を作製できるといった,既存の加工技術にはない特徴を有している。ナノ材料の実用化へのハードルの一つである加工が困難という課題解決に,本技術が貢献できるのではないかと考えている。
本研究は,松澤洋子博士(産総研),木原秀元博士(産総研),佐藤正健博士(産総研),吉田勝博士(産総研)らの協力のもと行われており,ここに感謝申し上げます。
2)N. Nakashima, Y. Tomonari and H. Murakami, Chem. Lett., 2002, 638-638.
3)H. Murakami, T. Nomura and N. Nakashima, Chem. Phys. Lett., 2003, 378, 481-485.
4)C. Kördel, A. Setaro, P. Bluemmel, C. S. Popeney, S. Reich and R. Haag, Nanoscale, 2012, 4, 3029-3031.
5)Z. Guo, Y. Feng, D. Zhu, S. He, H. Liu, X. Shi, J. Sun and M. Qu, Adv. Funct. Mater., 2013, 23, 5010-5018.
6)S. Chen, Y. Jiang, Z. Wang, X. Zhang, L. Dai and M. Smet, Langmuir, 2008, 24, 9233-9236.
7)H. Jintoku, Y. Matsuzawa, H. Kihara and M. Yoshida, Chem. Lett., 2016, 45, 1307-1309.
8)Y. Matsuzawa, H. Kato, H. Ohyama, D. Nishide, H. Kataura and M. Yoshida, Adv. Mater., 2011, 23, 3922-3925.
9)Y. Matsuzawa, Y. Takada, T. Kodaira, H. Kihara, H. Kataura and M. Yoshida, J. Phys. Chem. C, 2014, 118, 5013-5019.
10)H. Jintoku, T. Sato, T. Nakazumi, Y. Matsuzawa, H. Kihara and M. Yoshida, ACS Appl. Mater. Interfaces, 2017, 9, 30805-30811.
11)産総研公式HP:光照射でナノ炭素材料の高純度な薄膜を簡便に形成(http://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2017/pr20170126_2/pr20170126_2.html)
■Researcher, Smart Materials Group, Research Institute for Sustainable Chemistry, National Institute of Advanced Industrial Science and Technology (AIST)
所属:国立研究開発法人産業技術総合研究所 機能化学研究部門 スマート材料グループ
(月刊OPTRONICS 2018年2月号)
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