2. 有機薄膜光集積回路における機能性発現
一般的に,高分子ポリマーは要求性能に応じて幅広い設計が可能であり,光導波路用途として現在までに様々な種類の材料が合成されている18, 19)。これらは,伝搬損失や耐熱性などの面において優れた特性を有するが,機能性という観点からは,InPやSiなどの半導体材料と比べると極めて限定される。そのため,有機薄膜光集積回路においては,高分子ポリマーの薄膜フィルム内に別の機能性材料を埋め込むことで,この問題をクリアする。このとき,埋め込む機能性材料の特性として以下の二点が要求される。
B.薄膜フィルムの湾曲によって,損傷が起きないこと
本節では,これらを満たす二つの手法を提案し,薄膜フィルム内への実装も含めて議論する。
2.1 グラフェンによる機能性発現
グラフェンを代表とする2次元系層状物質は,揺らぎの無い分子層膜を形成しやすく,極薄膜においても良好な移動度を有することから,近年,電子デバイスと光デバイスの両面から様々な研究が行われている20〜23)。特にグラフェンは,化学ポテンシャルの位置を制御することによって,光特性をダイナミックに切り替えることができるため,受光や変調をはじめとした様々な光機能の発現が可能である。また,その強固な力学的特性により,湾曲によって損傷が起きることもない。そのため,前述のAとBの特長を併せ持った適当な材料であるといえる。
グラフェンの光学特性(複素誘電率ε)は,以下の式で与えられる。
ここで,ωは光の周波数,ε0は真空の誘電率,dg=0.7 nmはグラフェンの有効膜厚である。また,σはグラフェンの複素導電率であり,以下の久保公式により求めることができる。
ここで,μはグラフェンの化学ポテンシャル,σ0=60.8μSはグラフェンのユニバーサル導電率,τ1=1.2 psはバンド間遷移の緩和時間,τ2=10 fsはバンド内遷移の緩和時間である。式⑴および式⑵に従って,光通信帯(波長1550μm)におけるグラフェンの屈折率および消衰係数の化学ポテンシャル依存性を計算した結果を図2に示す。図2からも分かるように,グラフェンの光学特性は,バンド間吸収に起因する誘電体的特性(0 eV<μ0.51 eV)へと変化させることが可能であり,これを利用することで様々な光機能が発現可能となる(詳細については4節で述べる)。
有機薄膜回路内にグラフェンを実装する場合,グラフェンの成長,転写ともに汎用的に用いられている手法を用いることができる。図3(a)に,実際にグラフェンを内包した薄膜フィルムの写真を示す(フィルムの中央に2 cm×2 cmのグラフェンが転写されている)。フィルムの形成方法は以下のとおりである。まず,支持基板(InPなど)上に,剥離用ポリイミドであるECRIOS®(三井化学)24)を塗布・硬化(260℃のN2雰囲気)した後,水中で基板上にPMMA/グラフェンを転写する。その後,アセトン中でPMMA膜を除去し,グラフェンが転写されたポリイミドを基板表面から剥離する。支持基板からのフィルム剥離については,InPを裏面から劈開することで行う。
実際の有機薄膜光集積回路においては,剥離用ポリイミド上に任意のポリマーを何層にもわたって塗布することになり,任意のポリマー層において任意形状のグラフェンが必要となる(詳細は3節を参照のこと)。剥離用ポリイミド上に任意の多層ポリマーを塗布した上で上記手法を用いれば,有機薄膜光集積回路の所望の層にグラフェンを内包することができる。また,そのときに露光・アッシングプロセスを経ることで,グラフェンのパターニングも可能である。