1. はじめに
フラットな金属薄膜に入射した光は鏡面反射される。これに対し,プリズムを介するなど特殊な条件で光を入射することで,入射光を金属薄膜表面を伝播する自由電子の振動に変換することができる。この光と結合した自由電子の振動は表面プラズモンポラリトン(SPP)と呼ばれ,ナノメートル領域への光閉じ込めと局所的な光電場の増強を実現する1)。
またフラットな金属薄膜ではなく微粒子状の金属が分散した基板に光を入射した場合は,プリズムを用いなくても微粒子の表面に自由電子の振動が誘起され,微粒子に局在するSPPが発生する。この際,発生する増強光電場の周波数や強度は微粒子のナノ構造に依存して変化する。この増強光電場を使って,薄膜表面に存在する化学分子を高感度にセンシングしたり,発光性分子の発光強度を飛躍的に高めることができるため,これらの効果を狙った強力な電場を発生させる構造の研究開発が,この分野の近年のトピックのひとつである。
強力な増強光電場が実証されている構造のひとつに「ナノギャップ」を持つ構造がある。これは例えば2つの微粒子を数ナノメートルの間隔をあけて配置した構造で,微粒子間のナノギャップに強力な光電場が誘起される。したがって,このナノギャップを高密度かつ簡便に作製する手法が研究されている。近年の電子線描画等をはじめとするトップダウンナノ加工技術はナノギャップを精度よく作製できる優れた手法であるが,大面積の加工には時間とコストがかかることが課題である。
トップダウンナノ加工技術を補完する技術として,分子やコロイドの自己組織化を利用するボトムアップの構造作製技術が研究されてきた。代表的なものに,ナノ球リソグラフィ2, 3),斜め蒸着4),ラングミュアーブロジェット膜5),陽極酸化マスク6),ナノファセットリソグラフィ7)などが挙げられる。しかし,これらの方法を駆使しても,光の波長よりも1桁小さい,数十ナノメートル(=メソスケール)の周期構造を大面積にわたって作製するのは容易ではない。
私たちはボトムアップ法由来のメソ多孔質材料であるメソポーラスシリカをテンプレートとして,メソスケールで金のグレーティング構造を得る手法を開発している。メソポーラスシリカとは,界面活性剤とケイ素アルコキシドが共存する系において,界面活性剤の自己組織化によって作られるメソスケールの周期構造を,ケイ素アルコキシドの加水分解・重縮合反応によって得られるシリカの骨格で固定化した一連の材料群であり,界面活性剤の種類などのパラメタ制御により周期スケール・構造の次元などの制御が可能である8, 9)。
また,基板上にスピンコートやディップコート法で成膜することにより,薄膜を得ることも容易である。この材料をテンプレートとした金属ナノ構造の作製はこれまでにも検討がある10, 11)が,ナノギャップを高密度に作製することは意図されてこなかった。私たちは,面内に一軸配向したメソポーラスシリカ薄膜に金を斜め方向から蒸着することにより,メソポーラスシリカ表面の十ナノメートルスケールの周期構造を反映したナノギャップを有する金メソグレーティング構造を得ることを狙って,研究を進めている(図1)。
本稿では,実験に先立ち行った最適なロッド径およびロッド間距離を見積もるためのシミュレーション結果と,実際に作製した金メソグレーティング構造の光学特性について報告したい。