【本連載執を筆者された黒澤宏氏は2019年4月15日に逝去されました。ご冥福をお祈りいたします。】
原子は物質の最小単位であり,すべての物質は原子でできています。その原子には,正の電荷を持った「原子核」と負の電荷を持った「電子」が存在します。原子核は重く,電子は大変軽いのです。その電子は,正負の電荷が互いに働く引力のために,原子核の近くに束縛されています。
例えば,原子の中でもっとも軽い水素(原子記号H:原子番号1)では,原子核の回りを一個の電子が周回しています。このように束縛されており,自由に動き回ることができない電子が持つことができるエネルギーは,どのような値でも許されるのではなく,図1にあるようにとびとびの値しか許されません。
当然,原子核から遠く離れるに従って,電子の持つエネルギー値は高くなります。電子のエネルギーの単位としては,通常「エレクトロンボルト(eV)」が使われます。その意味はさておき,水素原子には,+eの電荷を持つ原子核と–eの電荷を持つ電子が存在し,この2つの電荷の間に(符号が異なるので)引力が働いています。
nを正の整数として,電子が取り得るエネルギー値は,n2に反比例しています。n=1が,最低のエネルギー–13.6 eV,その上が–13.6/4=–3.4 eV,その上が–13.6/9=–1.5 eV,・・・・となります。原子核からの引力の影響を受けなくなって,自由に動き回るようになった自由電子のエネルギー値を「0」とすると,原子核を井戸の底に置いたような構造になっていると想像できます。水素原子の中にいる電子のエネルギー値を定量的に書いたのが図2です。
原子番号が2のヘリウム原子(He)の場合は,2個の電子を持っており,それを釣り合いよく束縛するために原子核は2eの正電荷を持っています。すなわち,+2eの原子核と–2eがバランスよく釣り合っているのです。すると,ヘリウム原子には1個の原子核と2個の電子が存在しており,原子核と個々の電子の間の引力以外に,電子同士の間に(符号が同じなので)反発力が働き,互いに遠ざけようとします。
その結果,1個の電子には,+2e原子核からの強い引力ともう1個の–e電子からの反発力が働いていることになります。しかも,電荷間に働く力は,両者の電荷の積に比例し,電荷間距離の2乗に反比例しますので,ヘリウム原子の中の1個の電子に働く引力は,水素原子の場合のほぼ2倍になるのです。その様子を図2に描いてあります。