■室温動作可能な低雑音・広帯域テラヘルツ波検出器
北里大学教授の伊藤弘氏は,室温動作,低コスト,高速動作,高信頼性の実現には,半導体デバイスにメリットがあると考えてテラヘルツ波検出器の開発を行なった。半導体ベースの整流素子は広帯域・高速化が比較容易で,動作原理・構造がシンプル,汎用プロセスでの製造が可能というメリットがある。
現在実用化されている半導体ベースのテラヘルツ波検出器としてショットキーバリアダイオードがある。室温で動作し,高周波域までの動作が可能で感度も比較的高い。一方,ショットキー障壁問題から特性が不安定で,均一性や再現性に乏しい,障壁高さが比較的高いので素子の微分抵抗が大きいという問題があった。
そこで障壁高さを低くするため,「フェミルレベル制御バリアダイオード」(FMBダイオード)を開発した。これはn型のInGaAs,アンドープのInP,n型のInPの三層構造を持ち,障壁高さをn型のドーピング濃度で0~250 meVまでの任意の値で制御できるので,低障壁高さを実現し,インピーダンス整合と光電流密度動作を実現できる。
計算により障壁高さの最適値を求めたFMBダイオードを作製し,シリコンレンズと共にパッケージングした検出器を試作した。
検波特性を調べたところ,通常のダイオードと同様に二乗検波特性を示し,入出力は300 GHzにおいて3μWまで良好な線形性を示した。また200 GHzから1 THzまでの広帯域な信号検出を確認し,電圧感度のピーク値は300 GHzで1110 V/W,電流感度のピーク値は3.7 A/Wを示した。
この結果を他のショットキーバリアダイオードと比較したところ,電圧感度はミリ波/サブミリ波帯で報告されているInP系ゼロバイアスショットキーバリアダイオードの最高値と同等となり,低障壁高さによる悪影響は見られなかった。
さらにアンプを集積化して特性を調べたところ,160 GHzから1.4 THzまでの広帯域動作,電圧感度のピーク値300 GHzで3.2 MV/W,また5桁以上のダイナミックレンジと良好な雑音特性を確認した。これは市販のゼロバイアスショットキーバリアダイオードと比較しても,1桁以上低い値だった。
このデバイスは計測,分光,通信など,様々なテラヘルツ波のアプリケーションに用いることが可能で,ダイナミックレンジや最小検出信号レベルの改善も可能だという。将来的にはアレイ化することで,高感度・高精細・高速撮像も可能なイメージャーも実現できるとしている。
課題として,素子特性や製造プロセスに更なる改善の余地があるとしており,その検討をしている。FMBダイオードの詳細については,Japanese Journal of Applied Physicsにおいて,今年いっぱい論文が無料ダウンロードできる。