ユニソクが,第29回「中小企業優秀新技術・新製品賞」(りそな中小企業振興財団・日刊工業新聞共催)の「優秀賞」に選定された。課題名は「低温分光ナノ構造顕微鏡」で,低温TERS(チップ増強ラマン散乱)の優位性が認められた。
本低温TERS装置の商品化により,nm分子サイズのマッピング測定ができるようになり,科学技術の進歩に貢献できると期待されている。
分光測定は,対象の物理的,化学的性質,材料分析を非破壊で測定する手法として発展してきた。特に顕微分光法を用いたイメージング測定は,生物学,材料,ナノテクノロジーなど広い分野で活用されている。
ところが,一般的な顕微分光測定は使用する光の回折限界で分解能が決まってしまう。一方,必要とされる空間分解能は年々上がって行き,回折限界を大幅に超えるnm空間分解能のマッピング分析が求められている。そのため,回折限界を超えた分光測定の実現はさまざまな方法で試みられてきた。
ここに紹介するチップ増強ラマン散乱(Tip-Enhanced Raman Scattering ;TERS)法は,走査プローブ顕微鏡(Scanning Probe Microscopy ; SPM)技術と表面増強ラマン散乱の原理を組み合わせた測定法である。ナノメートルオーダーに先鋭化した探針に光を照射し,先端に発生する局在表面プラズモン共鳴に由来する増強電場を用いて,探針近傍からのラマン散乱を増強して測定する手法である。TERSの分解能は探針先端の曲率半径に依存し,10 nm以下にも達することができる。TERSの測定はサンプルの形状情報のみならず,分子の振動構造,サンプルの結晶構造やそのゆがみなどの情報も高分解能で取得することができる。さらには形状と分子構造の同時測定を行なうことでそれらの相関についても検討することができ,グラフェンやカーボンナノチューブなどのナノマテリアルの研究,生体高分子の構造解析,分子膜や半導体微細構造の解析などの分野に応用が期待されてきた。
しかし,TERSの実際の測定例が増えるにつれ,空間分解能が上がれば上がるほどサンプルのわずかな揺らぎでスペクトルやイメージが大きく変化することが知られてきた。たとえば,図1(a)は基板上に吸着させたBPE分子(1, 2-Di(4-pyridyl)ethylene)の室温TERSスペクトルを,同じ点で10秒おきに測定した結果である。探針を動かしていないにもかかわらず,スペクトルは大きく揺らいでいる。これは,基板上の分子が熱により運動することで起こる揺らぎである。このように,基板上の単分子や分子膜,短いグラフェンナノリボンなど,熱によって動き回るサンプルの正確な測定は,大気中,室温の測定では困難である。
このような分子,ナノマテリアルの運動は,サンプルを低温に保つことによって凍結することができる。図1(b)は,同じサンプルのTERS測定を低温(78 K)下で行なったものであり,低温下では長時間測定によるスペクトルの揺らぎはほとんどなく,この状態であれば分子の構造を正確にマッピング分析ができる。超高真空,低温のTERS測定では,中国科学技術大学のDong教授らが,単分子のTERSマッピングや隣接した分子のTERSによる識別を行ない,その有効性を示している。今回,ユニソクは,超高真空・低温SPMにおいて,低温TERSのマッピングデータの正確性を確認した。