筑波大学の研究グループは,円偏光を反射する昆虫(アオドウコガネ)のさやばねの表面に導電性高分子ポリアニリンをコーティングし,ポリアニリンの酸化と還元による発色の変化と,昆虫のもつ円偏光反射特性を組み合わせた,円偏光の反射強度を調整可能な高分子素子を得た(ニュースリリース)。
アオドウコガネのような一部の甲虫は左円偏光を強く反射する。これは外骨格形成の際のさなぎの時に光学活性でらせん構造をもつコレステリック液晶相を形成し,そのまま硬い骨格に固化するため。
一方,導電性高分子ポリアニリンは,円偏光は反射しないが,電気的あるいは化学的に酸化や還元を行なうと発色が変わり,これに伴って光の透過度が変わる。今回,昆虫のさやばねの円偏光反射とポリアニリンの性質を組み合わせて,可変円偏光反射素子を作成した。
まず,アオドウコガネのさやばね表面について,円偏光反射スペクトル測定を行なったところ,構造色として448nmの緑色の左円偏光を反射することが分かった。次に,このさやばね表面に導電性高分子であるポリアニリンをコーティングした素子を作成し,その表面を光学顕微鏡および電子顕微鏡で確認した。
ポリアニリンは,酸化−還元により色彩や光透過が変化する。この性質を利用して,この素子の円偏光反射の強度制御を試みた。アンモニアにより導電性高分子層を脱ドープ(還元)したところ,赤外域でも左円偏光反射が生じた。一方,酸化状態はこの長波長領域での反射は見られなかった。
これは,ポリアニリンのドープ状態で発生するポーラロン(ラジカルカチオン)が長波長領域の光を吸収するためと考えられるという。また,右円偏光の照射では,構造色に由来する550〜600nmの反射帯は見られなかった。また,454nmで平面偏光であるP偏光はS偏光の2.5倍,584nmでは1.5倍の反射強度が見られた。
ポリアニリン自体には右あるいは左に偏った円偏光反射はないことから,この素子では,ポリアニリン層は入射光,反射光の強度を調整する光学フィルターとしてのみ働き,その下のさやばね層が円偏光を反射したと示唆される。
円偏光を反射する生物として確認されているのは一部の昆虫だけ。研究グループは今後,アオドウコガネと異なる反射光帯域をもつ昆虫についても同様の実験を行ない,バイオ/合成光機能材料による可変多色円偏光反射素子の開発を進めるという。
特に,生体材料の光機能性と導電性高分子の外場応答性を組み合わせたバイオ/合成光機能材料は,三次元ディスプレーの素子や量子コンピューターの材料など,次世代の光機能材料開発に新しい展開をもたらすとしている。