北陸先端科学技術大学院大学(JAIST)の研究グループは,レーザーラマン散乱分光法を実用熱電材料(ビスマス-テルル-セレン系材料)に適用し,4次以上の高次の非調和格子振動がほとんど存在しないことを実証した(ニュースリリース)。
熱電変換技術には,熱電素子に直流電流を流すと素子の両端でそれぞれ吸発熱がおこるペルチェ効果と,素子に温度差をつけると電圧が発生するゼーベック効果がある。特にペルチェ効果は,光通信用レーザーダイオードの温度制御にも使用されている。
このように産業応用されている熱電素子にはビスマス-テルル-セレン系の材料が使われている。この材料は,同じような結晶構造を持つビスマス-アンチモン-テルル系材料と組み合わせて熱電素子が製造される。
このビスマス-テルル-セレン系の熱電材料は低い熱伝導率が特長で,優れた熱電性能を持つ。電気の良導体にもかかわらず,窓ガラスのような絶縁体と同等の熱伝導率(約1W/mK)を示すが,その原因はよくわかっていなかった。
そこで研究では,レーザーラマン散乱分光法を適用した。レーザーラマン散乱分光法は,物質中の格子振動のエネルギーを測定するだけでなく,散乱光ピークのピーク幅を解析することにより,格子振動の緩和時間に関する情報が得られる。得られた振動エネルギーから,どの振動パターンがどのようなエネルギーを持っているかを推測することもできる。
研究グループは温度可変ラマン散乱分光器を用いて,ビスマス-テルル-セレン系材料のラマン散乱スペクトルを広い温度範囲で測定し,その変化を詳細に解析した。スペクトルは3本のピーク(一つ一つが格子振動のエネルギーに対応)からなっており,その半値幅を温度に対してプロットすると,温度の上昇とともにほとんど直線的に増加している。
この温度変化を解析すると,「格子振動には非調和成分が存在するが,それは3次までの振動であり,4次以上の非調和振動は存在しない」ことが明らかになった。4次の非調和振動は近似的には大きな振幅をもった格子振動に対応するため,この結果は,「大振動振幅が熱の流れを阻害することは,ビスマス-テルル-セレン系材料の低熱伝導率の原因ではない」ことを示し,むしろ構成元素が重元素であることが主な理由であることを明確に表しているという。
これらの情報は,実用熱電材料の熱伝導率が低い理由だけでなく,低い熱伝導率をもつ材料の開発に指針を与えるもの。
さらにレーザーラマン散乱分光法が物質の熱の伝わり方を解析する有効な手法として提示されたため,研究グループは今後,他の材料の熱測定への応用も期待されるとしている。