東大ら,レーザー光による原子の急速な冷却を実現

東京大学,高エネルギー加速器研究機構(KEK),産業技術総合研究所は,レーザー光によるポジトロニウムの急速な冷却を世界で初めて実現した(ニュースリリース)。

ポジトロニウムは2個の素粒子だけでできた原子であり,その単純さから,通常の原子と異なり既存理論による計算と実験データを緻密に比べることができる。

さらに,陽電子は電子の反粒子であることから,反粒子の性質を明らかにするためにも,ポジトロニウムにレーザー冷却を適用することが求められている。しかし,互いに反粒子である電子と陽電子が接触すると,ポジトロニウムの場合,対消滅によって約100ナノ秒の間に数が半減するため,冷却はその間に完了する必要がある。

また,ポジトロニウムは非常に軽いため,光を吸収したり放出したりする際の速度の変化が大きく,通常の原子の冷却に使われている方法のままでは,ドップラー効果によってレーザー冷却を続けることができなくなるといった問題があった。

研究グループでは,独自のレーザーによる冷却で,ポジトロニウムの多くが対消滅する前に急冷することができるはずと考えた。このレーザーは約2億分の1秒ごとに強い紫外線の光を放ち,そのフラッシュごとにポジトロニウムの減速にあわせて波長が変化する。

主に東京大学が真空装置およびポジトロニウムの生成量と寿命の計測装置を開発し,KEKは高強度な低速陽電子ビームバンチを供給し,ポジトロニウムをつくる材料に陽電子を照射して瞬間的にポジトロニウムを発生させた。

このとき,陽電子の輸送に欠かせない磁場の空間分布を周到に設計することで,レーザーを照射する空間における磁場を非常に小さくすることに成功した。これはポジトロニウムの寿命を短縮しないようにするために重要となる。

また,産総研は,陽電子ビームの収束装置と,高い効率でポジトロニウムをつくるための材料を開発した。これらはレーザー冷却を明確に証明するのに十分な信号量を得るために重要な役割を果たした。

ポジトロニウムの速度を測定した実験結果は,時々刻々と波長が変化する光によって高速のポジトロニウムが減少し,これまでに観測されたことのない非常に低速なものへと効率よく冷却されたことを証明した。

さらに,シミュレーションによると,この特別なレーザー光によって,この実験結果には観測が難しいほどに低速な,ほとんど静止した成分があることも示されており,1ケルビンという冷却限界に迫る従来よりも桁違いの低温を実現することができた。

研究グループは,この研究成果により,今後大きな学際的研究分野の形成が期待されるとしている。

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