NHK放送技術研究所(NHK技研)が取り組んでいる研究を一堂に紹介する「技研公開2024」がこの5月30日~6月2日,東京都・世田谷砧の同研究所内において開催した。今年のテーマは,「技術で拓くメディアのシンカ」で,この技研公開では例年,放送・通信分野に関わる技術開発の進捗が一般公開された。
NHK技研は,2030~2040年頃の多様な視聴スタイルとコンテンツ制作環境を想定し,イマーシブメディア,ユニバーサルサービス,フロンティアサイエンスの3つの重点分野で研究を推進している。これらの分野の中で,光技術に関する分野にはカメラなどのセンシングに加え,ディスプレー,光通信などがある。
編集部が今回の技研公開で注目したのは,光源アレーを用いた3次元ディスプレー,自由に変形できるディフォーマルディスプレー,薄くて曲げられるシリコン撮像デバイス,自然光でのホログラフィー撮影技術の4つの開発で,それぞれに対する今後の実用展開が期待されている。
■液晶パネルを2枚用いた3次元ディスプレー
電気的に切り替え可能な光源アレーを用いることで,好みに応じて3次元(3D)映像と2次元(2D)映像を選択して視聴できるディスプレーを開発し,視点位置に応じて自然な3D映像を表示する技術研究を進めている。
ディスプレーの中には2枚の液晶パネルが使われており,1枚でコンテンツを表示し,もう1枚で光線を制御する。これによりレンズアレーを使わなくとも裸眼で立体視を得ることができる。
カメラを用いて視聴者の視点位置を推定し,視点位置に適した表示を行なう。視野追従により8視点から3次元映像を見ることができる。会場で展示されていたディスプレーの解像度は1440×1440であり,1画素は36μmとなっている。
さらに大きなディスプレーで実現するためには,より高精細で大型パネルを用い,バックライトは強力なLEDなどの光を当てることが必要となってくるため,すぐには難しいという。
■自由に変形できるディフォーマルディスプレー
さまざまな形状に変形できるディスプレーの研究を進めており,今回はゴム基板上に伸縮配線とマイクロLEDを形成したディフォーマルディスプレーを紹介した。
基板に,シリコンゴムにガリウム系の合金を材料とした液体金属を流し上からコートして挟み込んでいる。液体金属を用いることで,伸縮させても断線することなく低い電気抵抗を維持できる伸縮配線を開発。これにより50%の伸縮性を実現する。
液体金属の流動性を制御することで,印刷技術を使った細い配線パターンの形成を実現した。液体金属は印刷するため粘度を調節している。15度で硬くなってしまうため冬など寒い季節に対応できるように組成法を研究中だという。
今回,3つのディスプレーが展開されていた。フルカラーのディスプレーは2つあり,一つは発光素子にミニLED(約2mm)を用い,画素数は20×20(カラー),画素ピッチは5mm,画面サイズは100mm×100mmとなっている。
もう1つは高精細化を狙ったもので,発光素子はマイクロLED(約20μm)を用い,画素数は32×32(カラー),画素ピッチは2mm,画面サイズは64mm×64mm。
さらに高精細を狙ったディスプレーは緑単色で,発光素子は同じくマイクロLED(約20μm)だが,画素数は64×64,画素ピッチは1.5mm,画面サイズは96mm×96mmとなっている。今後,さらに細かいピッチでのディスプレー実現に向けて研究中だという。
この技術が実用化されると,将来ドーム型のディスプレーを作ることができ,没入感や臨場感あるコンテンツを楽しめるようになるとしている。
■薄くて曲げられるシリコン撮像デバイス
技研では,自由に曲げられるイメージセンサーの実現を目指し,フレキシブル基板を適用した曲面型撮像デバイスの研究を進めている。
シリコンを主な素材とする撮像デバイスは,厚くて硬いが,2022年に開発した薄片化・転写技術を適用し,FDSOI基板上にCMOS回路を形成した。研削とエッチングを行ない,シリコン支持基板を完全に除去して回路自体も厚さを6μmまで薄片化し,伸縮性基板上に転写して一体化させた。酸化膜を挿入した構造を用いて,アルミ箔と同程度である0.01mmの薄型かつフレキシブルに曲げられる,解像度320×240画素の撮像デバイスの形成を実現したという。
シリコン撮像デバイスを湾曲させることで,レンズ収差による映像周辺部のぼやけを補正することができる。フレキシブル基板上に形成したシリコン撮像デバイスを円筒状に湾曲させることで,横方向のぼやけが改善できることを確認した。
ブースでは,従来の平面と円筒状のデバイスが展示されており,同じレンズで同距離にある被写体に対し,デバイスの違いによる出力映像の比較を見ることができた。
同研究所は,2025年までに凹面状に湾曲したデバイスの作製技術を確立し,2030年頃までの実用化を目指すとしている。
■自然光でのホログラフィー撮影技術
ビデオカメラが代表される一般的な撮影機器は平面の情報のみを取得する機能を備えている。一方ホログラフィーは被写体の3次元情報を取得できるが,レーザー光を用いるため,撮影できる場所や被写体に制限がある。
これらの課題を解決するため,技研では太陽光などの自然光やLED照明光などの下で,高精細な3次元情報を取得できる撮影技術の研究を進めている。
技研が開発する従来のインコヒーレントデジタルホログラフィー撮影装置は,反射型と呼ばれる光学素子を用いて光の干渉縞を生成し,カメラで撮影していた。しかし,この方式では強い照明光を用いないと明瞭な干渉縞が得られず,画質を高めることが難しいという課題があった。
今回,反射型液晶デバイスに代わって,入射光の減衰が少ない透過型液晶デバイスを採用した。液晶デバイスはシチズンと共同で進めている。これにより入光率を4倍に向上させ,明瞭な干渉縞を得ることで,画質の改善とより大きな被写体の撮影を実現した。また再生像からノイズを減らしたり,フレームレートを以前の1fpsから5fpsへと向上させることができたという。
技研は,2027年までに動画化とカラー化に必要な要素技術を開発し,2030年頃までにカメラを試作するとしている。(中山 朝葉/梅村 舞香)