分子科学研究所(分子研)は,新規光触媒N-BAPを開発し,N-BAPが従来の光触媒ではできなかったエステルの多電子還元反応を促進することを明らかにした(ニュースリリース)。
エステルは天然物・医薬・農薬・有機材料などに幅広く存在する基本的な化合物群。エステルは還元することでアルコールへと変換でき,この還元反応は重要な分子変換反応のひとつとして広く利用されている。
しかし,エステル還元には,反応性が高く,取り扱いが難しい高価な金属還元剤を当量以上使用する必要があり,持続可能な開発目標(SDGs)に適した還元手法の開発が望まれている。一方,光触媒反応は,可視光をエネルギー源として酸化還元を実施できることから環境調和性に優れた有機合成手法として注目されている。
しかし光触媒反応では還元に伴う電子移動が1つずつ進むことに起因して,多電子を必要とする還元反応は困難とされてきた。そのため,4電子を必要とするエステルのアルコールへの光触媒還元は未開拓だった。
今回,研究グループは二つの窒素を有する4環性のカチオン性分子であるジアザベンゾアセナフテニウム触媒(N-BAP)を新たに設計・合成した。N-BAPは可視光を吸収し,高い酸化還元性能を示すことを明らかにした。
N-BAPは水とシュウ酸塩存在下,青色光を照射することで,触媒的にエステルを4電子還元しアルコールを与えた。高価な金属還元剤を用いずに,植物や鉱物に広く存在するシュウ酸塩によって還元が進行することはSDGsに合致した還元手法だという。
一方,N-BAPに代えて光酸化還元反応で広く用いられているイリジウムやルテニウムなどの貴金属光触媒を用いた場合では,アルコールはほとんど生成しなかった。この反応では,エステルが4電子還元され,カルビノールアニオンが生じ,続いて水と反応することでアルコールが生成していると考えられるとする。
そこで,この還元条件下,エステルともう一分子のカルボニル化合物を共存させることで,カルビノールアニオンを他のカルボニルと反応させ,1,2-ジオールを得る事にも成功した。本来求電子的なエステルが全く正反対の求核剤(カルビノールアニオン)として挙動することは学術的に意義があるという。
研究グループは,今回の研究で開発した新規光触媒N-BAPを用いることで,これまで光触媒還元が難しいとされたエステルを還元することができ,エステルを起点とした新たな分子変換戦略の開拓が期待できるとしている。