【解説】究極のX線観察を実現,原子レベルで形状可変なミラーとは

X線顕微鏡の集光において究極とも言える技術が登場した。名古屋大学と理化学研究所は,原子レベルの精度と安定性を持つ新しいX線用の形状可変ミラーを開発したと発表した(ニュースリリース)。今後,日本の材料科学の礎となることが期待される。

X線顕微鏡は,物質を破壊することなく,その内部構造を高い分解能で観察できるポテンシャルを秘めている。しかし,顕微鏡構築に必要不可欠なX線レンズの作製精度が不足しているため,実現できる空間分解能が制限されるという課題があった。

顕微鏡のレンズに求められる作製精度は光の波長程度であるため,すなわちX線では原子レベルの精度が要求されてしまうことから,もはや作製自体が原理的に不可能といえる。この問題を解決するため,研究グループは形状を自由に変形できる鏡を用いたX線反射レンズを提案した。

作製の際に生じた誤差を顕微鏡観察中に検出しその場補正することができれば,この問題を完全に解決できる。しかし,既存の形状可変ミラーでは,精度や安定性が不足しており,X線顕微鏡には適用することができなかった。

研究グループは,精度と安定性が不足する根本原因を,光の反射を担うミラー基板に変形の駆動源を組みあわせたことが原因であると考えた。異種材料を接合した複雑な構造では,変形特性や安定性に問題が生じる。

また,変形の駆動源としてよく用いられる材料として圧電セラミックスがあるが,多結晶粒子を焼結して作製された複雑な構造を持つため,安定性や線形性に課題があり,やはり顕微鏡への適用に問題があった。

この現状を打破するために,研究グループは全く新しい形状可変ミラーを提案・開発した。提案した形状可変ミラーのユニークな点は,ニオブ酸リチウム(LN)単結晶のみで構成されることにある。LNは電圧を印加することで伸縮する圧電材料として知られていたが,X線を理想的に反射できるほど結晶表面を平滑化できることを見い出した。

これによって,X線の反射と変形の駆動源の両方の役割を持つ非常にシンプルな構造を実現できた。実際に性能を評価したところ,変形の線形性は0.06nmと原子レベルを超えており,また7時間にわたって0.17nmの変形精度を維持することができた。

これはX線顕微鏡のみならず様々なX線光学実験を実施する上で十分な性能となっている。このミラーを反射型の対物レンズとして顕微鏡に組み込み,世界で初めてのアダプティブX線顕微鏡の実証実験をSPring-8にて実施した。λ/16の精度で収差を補正することができ,高精細なX線顕微鏡像を得ることに成功した。

研究グループは,この成果によって,X線顕微鏡やX線分析などのX線装置の高分解能化が可能になると共に,X線応用の更なる発展が期待されるとしている。

【解説】今年に入ってから,X線ミラーに関する発表を目にする機会が増えています。高輝度光科学研究センター(JASRI)と理化学研究所(理研)は, 大型放射光施設SPring-8 において,100keVという高いエネルギーのX線をサブマイクロメートルに集光する多層膜集光ミラー(反射鏡)を発表※1していますし,東京大学,理研,JASRIは,軟X線領域において,コンパクトな集光ミラー光学系の開発によって従来に無いナノ集光と蛍光顕微鏡観察を実現※2しました。さらに,大阪大学,名古屋大学,理研,JASRIは,X線自由電子レーザー(XFEL)の極限的7nmのスポット集光を発表※3しています。

今年4月,東北大学青葉山新キャンパスにて,新たな放射光施設「ナノテラス」が稼働を開始しました。これまで日本には高輝度硬X線施設として大型放射光施設SPring-8がありましたが,軟X線領域における施設が少なく,ナノテラスは世界との差を一気に逆転しようとするものです。ここにはSPring-8やSACLAで蓄積した知見が注ぎ込まれているのはもちろん,こうした新たな集光技術も大きな役割を担うことが予想されます。

ナノテラスによって,新たな物性を持つ化学製品や薬品の誕生や,スピントロニクスの実現に向けた発見など,大きな成果が期待されます。なお,月刊OPTRONICS 6月号では,X線ミラーの作製から評価までを網羅した特集を予定していますので,そちらも是非ご覧ください。(デジタルメディア編集長 杉島孝弘)

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