北海道大学の研究グループは,多重極ハミルトニアンに基づいた,近接場光学遷移確率計算の高速化を達成し,ナノ領域に局在した光による選択則の解明と最適化に成功した(ニュースリリース)。
近接場光は普通の光とは違って空間的に局在している上に,ナノ構造の形などにも依存してその振る舞いが変わるため,近似的な理論計算が難しく,新しい理論手法が必要とされていた。
これまでの方法では,近接場光の光源の位置や形状などを変えるたびに励起状態計算を行なってきた。しかし,このやり方では,光の設計を行なうために莫大な計算コストが必要になる。
今回研究グループは,分子の励起状態計算を1度だけで済むような手法の開発に取り組んだ。具体的には,ターゲットとなる分子を決めたら,その励起状態計算を行ない,その波動関数から遷移密度を求める。
そして,遷移密度を利用して励起確率を計算することで,任意の光と分子の相互作用によって基底状態から励起状態への遷移する一般的な確率,一般化遷移モーメントを効率的に計算可能になる。
実際の計算の手順においては,まず通常の量子化学計算プログラムを用いて励起状態計算を行ない,その波動関数から,遷移密度や,その元になる軌道ペアの係数などの情報を取得する。その後,多重極ハミルトニアンと遷移密度の積を全空間で積分することで,一般化遷移モーメントを計算できる。
一般化遷移モーメントと,その二乗にエネルギーをかけた振動子強度の計算手法は,通常の量子化学計算プログラムを用いることで,近接場光の設定を変えたときに励起状態計算をやり直さなくても良いため,計算コストは非常に軽く,結果として,近接場光励起の計算予測などは非常に容易になった。
この計算手法を,走査トンネル顕微鏡の探針の先に生成する近接場光と相互作用する,ジメチルジスルフィド(DMDS)分子のモデルや,より大きな分子である銅ナフタロシアニン(CuPc)に適用したところ,探針の位置を変えることで,通常は光励起できないような状態であっても,その遷移を可能にする探針の位置を簡単に調べることができた。
つまり,一般化遷移モーメント及び振動子強度を定義することにより,励起状態制御を最適化問題として扱えるようになった。一般化遷移モーメントと振動子強度を“目的変数”とすることで,定量的な取扱が可能になるため,近接場光を生じうるナノ構造体の情報を“記述子”とした逆問題を解くという枠組を確立できる。
研究グループは,今回得られた成果により,分子の光励起状態を制御した光反応開発の進展が期待されるとしている。