東京理科大学の研究グループは,ナノセルロースと酸化亜鉛(ZnO)ナノ粒子から構成される,使い捨て可能で柔軟な紙ベースの人工光電子シナプスデバイスを設計・創製した(ニュースリリース)。
現在,低消費電力で動作する自己完結型のエッジAIセンサを実現する有望な手法として物理リザバコンピューティング(PRC)が脚光を浴びている。
PRCは,物理系のダイナミクスを計算資源として利用することで,時系列信号を低消費電力でリアルタイムに処理できる。PRCの応答時間は利用する物理系の反応特性に左右されるが,生体信号の処理に適したサブ秒オーダーの応答時間で情報処理できるPRCはまだ十分に研究が進んでいない。
研究グループは,ZnOナノ粒子をセルロースナノファイバ(CNF)に埋め込んだ,使い捨て可能で柔軟性をもつ自立フィルム状の光電子シナプスデバイスを開発した。このデバイスは,紫外光の照射と消光の間に,サブ秒オーダーで光電流が徐々に変化する。この現象を利用して,PPF指数などの人工シナプスとしての特徴を計測した。
作製したZnO-CNF膜の光電流の増減は二重指数関数で正確にモデル化でき,光入力に対する光電流の応答時間はZnO単結晶よりも大きいことが明らかになった。この応答時間のちがいは,結晶粒界における酸素分子の吸着あるいは脱離によって誘発されるバンドの曲がりに起因すると考えられる。
次に,ZnO-CNF膜の短期記憶容量について検討した。まず,感覚入力や短期記憶の形成に重要だと考えられているシナプスの短期可塑性の指標となるPPF指数を,ZnO-CNF膜とZnO単結晶で比較した。PPF指数は,高いほど記憶容量が大きいことを意味する。その結果,ZnO-CNF膜はZnO単結晶よりも高い値を示し,最大PPF指数は156%と推定された。
この結果を受け,実際の短期記憶容量を評価するための課題を実施した。その結果,ZnO-CNF膜の短期記憶容量は1.8であったのに対し,ZnO単結晶の容量は1.3であり,PPF指数の傾向と一致することが確認できた。
また,ZnO-CNF膜は4ビットの光パルスを分類できることも実験から証明され,手書きの数字認識で最高88%の精度を達成した。特筆すべきことに,パルス幅を50ミリ秒から500ミリ秒まで変化させても,この精度は一貫して80%以上を維持し,1000回の曲げ試験後でも変化なかった。また,フィルムは容易に燃焼可能であることも,実験で確認した。
研究グループは,このデバイスはヘルスモニタリングに利用できるPRCとして有望であるとしている。