理化学研究所(理研)と北海道大学は,光化学の分野で半世紀にわたって謎であった,光異性化のファントム状態を観測し,その構造を明らかにすることに成功した(ニュースリリース)。
分子が光を吸収して二重結合が回転するシスートランス光異性化反応では,二重結合周りの回転が起きる途中に,一瞬だけ二重結合が切れて垂直構造をとる状態が現れると予想されてきた。しかし,その存在の有無は長い間謎で,ファントム状態(幽霊状態)と呼ばれていた。
研究グループは,ファントム状態を観測してその構造を明らかにするために,フェムト秒で進行する分子の構造変化を解析できる共鳴フェムト秒誘導ラマン分光法を用いた。
この方法では,フェムト秒光パルスによって分子に光反応を開始させた後に,ピコ秒光パルスとフェムト秒光パルスを組み合わせた誘導ラマン散乱過程を反応中の分子に起こすことで,高いエネルギー分解能と高い時間分解能を両立させて分子の振動(ラマン)スペクトルの変化を刻一刻と追跡できる。
今回,この共鳴フェムト秒誘導ラマン分光法を紫外光領域で行なうことができる新しい装置を理研で開発し,ファントム状態の観測に挑戦した。
研究グループが,光異性化を示す最も典型的な分子として知られるスチルベンの誘導体に対して共鳴フェムト秒誘導ラマン分光法の測定を行なったところ,シス体,トランス体のいずれから光反応を始めた場合でも,同一のラマンスペクトルを示す反応中間体がフェムト秒領域に現れることが分かった。
また,得られたスペクトルは,回転する二重結合部分の伸縮振動の振動数が大きく低下しているなど,垂直状態に予想される特徴を示していることが明らかになった。
研究グループはさらに,実験結果を最先端の量子化学計算である第一原理分子動力学計算を用いて解析することで,シス体,トランス体いずれの状態から反応が開始しても確かに同一の垂直状態が生成すること,そしてその振動スペクトルが実験で得られたスペクトルと良く一致することを確かめた。
また理論計算の結果から,光異性化反応が進行する電子励起状態では,分子は単に最もエネルギーが低くなる反応経路をとりながら徐々に構造を変えているのではなく,フェムト秒で進行する構造変化の大きな速度を反映してポテンシャルエネルギー曲面上で反応経路を決めるために,今回観測された垂直状態が生成されることを明らかにした。
研究グループは,この研究成果は,分子の遷移状態での構造の解明や,それによって得られる反応経路の理解を通じて,化学反応の制御・効率化に貢献すると期待されるとしている。