国立情報学研究所(NII),ポーラ美術館,東京藝術大学,東京大学,京都大学は,藤田嗣治(レオナール・フジタ)の「ベッドの上の裸婦と犬」に,異なる発光色(蛍光)を持つ白い顔料を発見した(ニュースリリース)。
フジタの「乳白色の肌」「乳白色の下地」と称された肌質感を再現する技法については,これまで物質的な組成しかわかっていない。また,多くの作品は修復に際してニスが施されたため,フジタの意図していた肌質感の再現には不明な点が多くあった。
ポーラ美術館が収蔵している「ベッドの上の裸婦と犬」は,1921年という早い時期に制作され,修復やニスの塗布も行なわれていないため,研究グループはその光学特性から研究を進めた。
2011年の調査で報告されたフジタが使用していた白い顔料である,炭酸カルシウム,タルク,硫酸バリウムの蛍光成分を調査した結果,炭酸カルシウムは青緑,タルクは緑,硫酸バリウムは赤の蛍光発光が見られた。
紫外線を当てた「ベッドの上の裸婦と犬」の肌の色には青い蛍光発光が見られるが,炭酸カルシウムが何の顔料かはわかっていない。そこで,同じく炭酸カルシウムが主成分の日本画顔料の胡粉の蛍光成分を調査したところ,青い蛍光発光が見られ,その使用の可能性が浮かび上がった。
また,フジタが蛍光成分の異なる顔料をどのような意図で描き分けたのかを調べるために,蛍光発光が目立つ顔部分や足部分の蛍光発光の成分分離を行なった。
その結果,肌に多く含まれる赤・青色成分が抽出された。足部分では,顔部分よりも顕著な赤と青の使い分けがなされており,指の腹や足裏などの膨らみのある箇所には赤色成分を持つ画材が使用されていた。
さらに,フジタが実際の人間の肌の構造的,光学的な再現を意図していたと考え,人の肌の持つ光学特性である肌表面反射と肌内部散乱成分を観測する技術を使用し,絵画の足部分の成分と比較した。
その結果,波長の違いによる肌内部への透過具合の違いにも起因して,肌表面の光は,硬い印象があり,肌内部の光は赤みを帯びていて柔らかい印象があることがわかった。
次に,同時代の画家が蛍光発光の使用について調べた。結果として,ラファエル・コランが意図的に使用したと考える蛍光成分を持つ顔料を発展させて,複数種類の蛍光発光を持つ顔料による肌質感を描き分ける表現は,フジタ特有のものであると結論づけた。
研究グループは,フジタの「乳白色の肌」は,美術館等の展示空間では制作意図がわかりにくくなっているため,自然光下で見てその効果を確認したり,使用した画材を調査したりすることで,その前後の画家たちの分析も進めて関連を探っていくとしている。