東北大学,大阪大学,独ケルン大学,高エネルギー加速器研究機構(KEK),量子科学技術研究開発機構,分子科学研究所は,10μmに集光した放射光を用いて,これまで困難であった反強磁性体の磁気ドメイン領域内のディラック電子の直接観測に世界で初めて成功した(ニュースリリース)。
物質中で通常は見かけ上の質量(有効質量)がゼロのディラック電子は高速で動きやすく,質量を持たせることで省エネルギー素子などへの応用も期待される。
質量の発生にはこれまでの研究では永久磁石に代表される強磁性体が用いられてきたが,漏れ磁場が生じるため集積化しにくいという課題があった。一方,スピンが交互に配列した外部に磁場を発生しない反強磁性体でディラック電子を発生できるというアイデアが10年以上前に提案されたが,微小領域の電子状態観測が難しいため,研究の障害になっていた。
今回研究グループは,放射光からの紫外線のスポットサイズを直径10μm程度に絞って精密観測できるマイクロARPES装置を用いて,反強磁性体であるNdBiの電子状態を精密に観測した。
これは,試料に照射する紫外光やX線を,K-Bミラー(2枚の楕円ミラーで光を横方向と縦方向に分けて2次元集光する光学系)などによって1点に集光することで,マイクロメートルスケールの空間分解能で試料の微小領域をピンポイントでARPES測定する手法。
研究グループは,NdBiを反強磁性状態に冷却すると,常磁性状態において質量のないディラック電子状態に,明確なエネルギーギャップの形成,すなわち有限の質量が発生することを明らかにした。
さらに,試料の表面全体をマイクロ紫外光でくまなく走査すると,ディラック電子が有限の質量を持つ領域の他に,質量がゼロの領域も存在し,これらが空間的に分かれていることを見出した。
それぞれの領域から放出した光電子分布の対称性の違いや,第一原理計算による電子状態予測との比較から,質量の異なるディラック電子状態が,スピンの配列方向の異なる磁気ドメインに由来することも明らかにした。この結果は,磁化を持たない反強磁性状態においても,スピンの配列方向に依存してディラック電子が有限の質量を持つことを世界で初めて示したものだとする。
研究グループは,この成果は,反強磁性トポロジカル絶縁体という新しい物質相を実証しただけでなく,巨大な電磁気応答や量子伝導現象を用いた省エネルギー素子や量子デバイスへの応用につながる成果だとしている。