東大ら,反強磁性体で垂直2値状態を電流制御

東京大学と理化学研究所は,不揮発性メモリの超高速化・超低消費電力化を実現可能にする材料として注目を集める反強磁性体において,従来の強磁性体から構成されるMRAMで用いられている垂直2値状態を実現し,この垂直2値状態を電気的に制御することに成功した(ニュースリリース)。

反強磁性体はスピンの応答速度が強磁性体の場合,ナノ秒に比べて100 ~ 1000倍速いピコ秒であり,磁性体間に働く磁気的な相互作用が小さいため,不揮発性メモリの有力候補であるMRAMに応用することでMRAMの超高速化・超低消費電力化・高集積化を可能にする。

しかし,強磁性体と異なり磁極を持たない反強磁性体のMRAM開発では,①強磁性体とは異なる書き込み手法を用いるため複雑な素子形状が必要となること,②素子全域の反強磁性状態の制御が困難であること,が応用上克服すべき重要課題となっていた。

研究では,カイラル反強磁性体Mn3Snのエピタキシャル薄膜と重金属薄膜を含む多層膜を作製し,それでホール電圧信号の測定用素子を作製して書き込み電流によるホール電圧の変化を室温で測定した。

その結果,14MA/cm2程度の書き込み電流によって,素子が出力する信号を100%反転可能であることを確認した。この結果は,垂直方向を向いた拡張磁気八極子偏極を素子の全域において電流制御できていることを示している。

磁気八極子偏極の向きを可視化できる磁気光学カー効果顕微鏡での測定においても,同様の結果が得られた。数値計算の結果,スピンホール効果により生じたスピン流のスピン偏極方向に対して,磁気八極子偏極の回転面を垂直に配置することが,カイラル反強磁性体における高効率な情報記憶の鍵であることが分かった。

また,これまでの反強磁性体素子を用いた研究では,10MA/cm2程度の書き込み電流では全体のうち数10%程度の面積に由来する信号しか制御できなかった。素子が十分大きい場合には制御不良部位が素子内部で平均化され動作するが,従来のMRAMのように数10nm程度の素子を高密度に作製した際には不良素子となってしまい,各素子の安定動作が難しくなる。

研究では,薄膜作製時にMn3Snの反強磁性秩序(磁気八極子偏極)がつくる垂直2値状態の電流制御を実証することで,カイラル反強磁性体において超低消費電力,かつ,信頼性の高い情報記録デバイスの作製が原理的に可能であることを明らかにした。

研究グループはこの成果が,ピコ秒での情報記録が可能なMRAMをはじめ,反強磁性体を用いた電子デバイス開発に飛躍的な進展をもたらすことしている。

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