東京工業大学,静岡大学,九州大学,量子科学技術研究開発機構は,加速電子と,電子線励起発光(カソードルミネセンス)による光子の時間相関により,電子一つ一つを励起パルスとして利用することで,ナノスケールでの物質の発光寿命計測に成功した(ニュースリリース)。
最先端の走査型透過電子顕微鏡の空間分解能は,加速された電子のドブロイ波長が短いため,すでにボーア半径をはるかに下回るスケールに達している。電子顕微鏡の入射電子の一部はサンプルによって非弾性散乱され。この非弾性散乱過程を解析することにより,物質のさまざまな情報を得ることができる。
電子顕微鏡による分析方法としては,入射電子のエネルギー損失を分光する方法(EELS)のほか,エネルギー分散型X線分光法(EDS)やオージェ電子分光法(AES),カソードルミネセンス分光法(CL)などが用いられている。
研究グループは,CLによる放出光子に注目し,相互作用後の個々の入射電子と放出光子の時間相関を検出することで,サンプルの発光寿命の計測に成功。サンプルから放出される光の光子状態によらず,光の回折限界をはるかに超えたナノスケールで発光寿命の分布の可視化が可能となった。
また,標準的な電子源から連続的に放出された電子一つ一つが励起パルスになるため,空間電荷効果による電子線の広がりがなく,電子顕微鏡の高い空間分解能をそのまま利用できる。
電子と光子の相関検出には,量子光学の計測で光子−光子の相関に用いられる,Hanbury-Brown Twiss強度干渉計の片側を電子検出に置きかえ,電子検出用のシンチレータからの発光信号を用いた。
電子検出に利用するシンチレータの発光寿命はサンプルの発光寿命とは独立に得ることができるため,時間分解能はシンチレータの時間分解能に左右されない。さらに,運動量選択による電子光子対検出では,電子−光子の励起相関パラメタの量子もつれに起因する変化を捉えた。
この手法では,パルス電⼦銃を備えた時間分解CL機器と⽐較して,はるかに簡便な装置構成での計測が可能になる。また,光⼦状態によらず発光寿命が得られるため,どんな材料でも光の回折限界を超えた発光寿命を簡便に計測できることから,LEDや量⼦ドットなどの発光材料の開発に貢献できる。
この研究で得られたコヒーレントな光子生成過程における電子−光子ペアの相関は,エネルギー・運動量・位相関係が保存される異粒子間の量子もつれの検出に向けた第一歩であり,発光プロセスの解明や,量子光源評価を可能とする新規な電子顕微鏡技術の実現につながることが期待されるとしている。