量子科学技術研究開発機構(QST)は,省エネ性能や高電圧でも使用可能なパワー半導体として期待されているシリコンカーバイド(SiC)半導体の量子センサーを使った温度測定において高感度化を実現することで,これまで計測可能であった50℃を大きく上回る120℃までの計測に成功した(ニュースリリース)。
SiC製のパワー半導体は,従来のシリコン(Si)製に比べて省エネ性能が高く,高電圧でも使用可能で高い動作温度にも耐える等の特長から,新幹線の電子部品に使用されるなど私たちの身の回りでも利用が広がりつつある。
研究グループは,精密に制御したイオンビームをSiC半導体膜に打ち込み,その内部にシリコン空孔(VSi)と呼ばれるスピン欠陥(SiC-VSi)を形成する技術を持っている。
SiC-VSiは,磁場と温度を同時に測定することのできる量子センサーとして機能することから,動作中のSiCパワー半導体内部の狙った場所の電流(磁場)や温度を直接観測できる唯一の技術として,動作時の詳細データ取得による耐久性等の性能向上への貢献,適切な交換時期の把握による事故防止や経済性の向上などが期待されている。
しかしながら,SiC-VSi量子センサーは,温度に対する感度が極めて低く,温度情報の信号が小さくなる50℃を超える高温領域では温度測定が困難となるため,実用化に向けての大きな課題となっていた。
研究グループは,SiC-VSi量子センサーは,温度よりも磁場に対して敏感に反応することに着目し,温度を直接測定するのではなく,磁場の情報を温度の情報に変換するための量子操作技術を開発した。この新たな技術を用いることで,温度測定に必要な信号強度が従来手法の10倍以上強くなることを確認し,実際に120℃超の温度測定を実証した。
さらに電気自動車等で用いられる市販のSiCパワー半導体の動作保証温度である175℃までの測定も可能であると見込めており,この成果はSiC量子センサーの実用化に向けた大きな一歩と言えるとする。
SiCパワー半導体の中に直接埋め込むことが可能な量子センサーで磁場と温度を同程度の感度で測定可能とするこの成果により,実際の装置で動作中の電子制御部品等の局所温度や電流を測定することで,内部の動作状態を把握することが可能になるという。
研究グループは,今後,電車や電気自動車に限らず電力制御が必要な社会インフラ等へ利用拡大が見込まれるSiCパワー半導体の信頼性向上や品質管理に欠かせない量子センシング技術として期待されるとしている。