基礎生物学研究所,分子科学研究所,核融合科学研究所,生理学研究所,生命創成探究センター,明治大学は,顕微鏡観察等で得られる細胞の動きの画像情報から,生物組織内のメカニカルな力を推定する手法を開発した(ニュースリリース)。
近年,生物組織内のメカニカルな力は,形態形成や細胞分化を駆動する上で重要な情報であることが分かってきた。しかし,生きた組織内で力を計測する手段は限られている。
特に,3次元的な胚や組織の発生では,細胞の力の状態は時空間的に変化するため定量的な理解は十分にはされていない。したがって,形態形成やその数理シミュレーションにおいて,力の値に関する根拠が希薄であるという生命科学に特有の問題があった。
研究では、分子動力学シミュレーションの分野で発展してきた粒子間の力(ポテンシャルエネルギー)を推定する方法から着想を得て,非平衡系である生物組織にも適用できる手法を検討し,多細胞組織において,共焦点顕微鏡などで得られた細胞の追跡データから細胞間の相互作用の力を推定する統計数理学的な方法を開発した。
この方法により,生きた組織内で細胞種によるメカニカルな性質の差異を定量的に評価することができる。3次元組織内の力の状態を,個々の細胞レベルの空間解像度と顕微鏡ライブイメージングの時間解像度で計測が可能となった。
さらに,マウスや線虫の胚の割球では,細胞間の力は距離に依存した関数(距離-力曲線)という単純な法則で近似できた。マウスや線虫の胚の形態的な差異が,細胞間の力の相違とリンクして説明できることを示した。
この方法は,実施に必要なデータが細胞核の追跡データのみという単純さゆえ,様々な生物種や組織に適用することが可能。今後,固有の物理的性質をもった細胞の探索などへの発展性が期待できるという。
また,細胞を粒子として近似するモデルは,その実装や計算コストから大きな組織や臓器の数理シミュレーションに向いており,今回の研究はその基礎となるパラメータ値を取得する手段を与える。
研究グループは,胞分化では遺伝子発現の変化とともに細胞間の相互作用の力の変化を伴う事例が多いことを考慮すると,この研究の推定法は細胞分化過程や癌化過程の発見・判別に活用できる可能性があり,深層学習AIと組み合わせた判別法などが考えられるとしている。