産業技術総合研究所(産総研)は,深海における資源開発の環境影響評価に向けて,AI技術を活用した懸濁粒子の観測手法を考案した(ニュースリリース)。
従来の観測手法では,深海における微量な懸濁粒子の定量は困難。例えば,濁度計などの光学センサーは,懸濁粒子からの反射光をもとに懸濁粒子濃度を測定する。しかし,懸濁粒子濃度が低い深海では,十分な反射光を得られず測定の精度が低いという問題がある。
また,海水を採取して海水中の懸濁粒子濃度を直接測定するという手法もあるが,深海の海水を採取するには時間がかかるため,短い時間間隔で深海の環境の変化を測定することは困難。
研究グループは,懸濁粒子数を計測するために,AI技術の一つである物体検出を活用した。物体検出は,画像中の特定の物体を自動的に識別し,位置を特定するためのコンピューターを用いた画像認識技術。近年では,深層学習に基づくモデルが提案され,検出の精度と速度が飛躍的に向上している。
大量の画像を正確かつ迅速に処理・分析できるため,物体検出は海洋環境のモニタリングにも使われ始めている。懸濁粒子は,水中画像においてカメラからの光を散乱して目立つ。そのため,物体検出が比較的容易な対象ではないかと着想した。
深層学習による高精度かつ高速な検出を行なうために,物体検出モデルYOLOv5を用いた。深層学習と解析に用いる画像の撮影は,水深8,000mまでの水圧に耐えられ,数カ月に及ぶ長期的な撮影が可能である深海用定点カメラ「江戸っ子1号」で行なった。
得られた画像の一部を教師データとしてYOLOv5に入力し,懸濁粒子の特徴を自動的に抽出・学習させることで,懸濁粒子検出モデルを構築した。教師データは3,484個の粒子を含む1,028枚の画像を用い,形状や明るさなど,多様な粒子のパターンをモデルに学習させた。
構築した懸濁粒子検出モデルにより,懸濁粒子数の自動計測を実施した。検出精度は,海洋生物や海洋ごみを対象に物体検出を適用した先行研究の精度と同程度であり,海洋環境のモニタリングのために十分な精度だった。
物体検出モデルを用いた利点の一つは,手動での処理の手間を省けること。他の画像解析手法,例えば輝度の閾値を設定して粒子を抽出する手法では,生物や海底を粒子として誤検出する懸念がある。一方で物体検出モデルでは,粒子の特徴を学習したモデルで誤検出を自動的に避けることができた。
研究グループは,懸濁粒子検出モデルにより,資源開発に伴う懸濁粒子への影響のデータ収集が可能となり,環境影響の観点からより望ましい開発計画に貢献することが期待されるとしている。