NHK放送技術研究所(NHK技研)が取り組んでいる研究を一堂に紹介する「技研公開2023」がこの6月1日~4日,東京都・世田谷砧の同研究所内において開催した。今年のテーマは,「メディアを支え,未来を創る」で,この技研公開では例年,放送・通信分野に関わる技術開発の進捗が一般公開される。
NHK技研は,2030~2040年頃の多様な視聴スタイルとコンテンツ制作環境を想定し,イマーシブメディア,ユニバーサルサービス,フロンティアサイエンスの3つの重点分野で研究を推進している。これらの分野の中で,光技術に関する分野にはカメラなどのセンシングに加え,ディスプレー,光通信などがある。
これに関し,今回の技研公開で注目したのは,エリア制御を可能にするイメージセンサー,伸縮可能なLEDディスプレー,次世代ディスプレー用量子ドットインク,ホログラフィックディスプレー用高密度空間光変調器の4つの開発品で,それぞれに対する今後の実用展開が期待されている。
■エリア制御イメージセンサー
シーン適応型イメージング技術として紹介されたもので,360度映像に対応するため,被写体の動きや明るさなど画面内の映像を領域ごとに解析し,解像度やコマ数を変更する技術開発を進めている。
映像領域ごとの制御では,これに対応するイメージセンサーの開発を進めており,画面を272分割した小領域ごとに,異なる解像度やコマ数を設定できる。映像のシーン情報解析技術も開発しており,この技術と組み合わせることで,シーンに応じた最適な撮像条件で撮影ができるようになるという。
NHK技研によれば,2024年までにイメージセンサーの高解像度化を進め,実用的な解像度の映像取得ができるシーン適応型イメージングシステムを開発していくとしている。
■伸縮可能なLEDディスプレーと量子ドットインク
伸縮基板にアクリル系ゴムを用いたLEDディスプレーを展示し,伸縮のデモも行なった。昨年の技研公開でも紹介されていた技術だが,今回はLED画素との密着性を改善し,40%の伸縮率を達成したという。
この伸縮可能なディスプレーはドーム型などの様々な形状に変形させることが可能になるほか,ウェアラブル向けディスプレーとしても機能できるとしている。NHK技研によれば,2025年頃にもディスプレーの高精細化・高画質化を進めたプロトタイプを試作し,2030年までの実用化を目指すとしている。
量子ドットインクも紹介。量子ドットは粒子状の半導体結晶で,次世代ディスプレーへの応用が期待されている。今回開発した量子ドットを採用したディスプレーパネルも展示していたが,量子ドットインクはRGBを開発し,インクジェット印刷でディスプレーの発光層を形成した。
そのディスプレーパネルの仕様は画素数が64×64で,表示サイズは40mm×40mm。開発した量子ドットはカドミウムを含まないもので,Rは硫化銀銅インジウムガリウム,Bはセレン化亜鉛化合物,Gは硫化銀インジウムガリウムが原料となっている。
ディスプレーでは量子ドット発光素子の採用により,従来のフルハイビジョン放送で用いられる規格よりも広い色域規格ITU-BT.2020に即し,極めて広い色範囲をカバーすることが可能となる。
■視域角と画素ピッチの関係
技研公開では,これまで3次元映像技術の進展を段階的に見ることができたが,今回はホログラフィックディスプレー用高密度空間光変調器の開発とその成果を紹介した。
開発したのは,世界最小画素サイズとする磁気光学式空間光変調器(Magneto Optic Spatial Light Modulator:MOSLM)で,水平方向で30度という再生像を見ることが可能な広い視域を実現した。このMOSLMはプレスリリースされ,多くの注目を集めていた。
ホログラフィックディスプレーは,空間光変調器(SLM)に干渉縞を表示して,再生照明を照射することで3次元映像を再生する。その干渉縞を書き換えることで3次元映像を表示させるが,従来のSLMは画素のサイズが大きいために視域が狭いことが課題だった。
これを解決したのが,今回のMOSLMで,画素サイズは1×4平方ミクロン,画素数が10K×5Kの仕様。画素部にはCd-Fe合金という磁性材料を採用しており,電流を流すことでGd-Fe合金の磁壁を動かし,N極とS極の向きを反転させて画素の明暗を表示する。
このMOSLMは,さらに画素を微小化させることが可能という。デモではこれまでの静止画像ではなく,書き換えによる動画像を見せることで,その可能性を示していた。
NHK技研では,2025年頃までに高い回折効率と高速な動画像表示を実現できる高密度SLMの要素技術開発を進め,2030年頃までに再生像の高品質化とカラー動画表示の実現を目指すとしている。