東京工業大学の研究グループは,フェムト秒光パルスを利用した超高速量子経路干渉法を用いて,半導体単結晶における電子デコヒーレンス時間の計測に成功し,さらに光誘起電子のデコヒーレンス過程は周りの電子との衝突によることを明らかにした(ニュースリリース)。
量子コヒーレンスは,量子力学特有の重ね合わせ状態が持つ特質であり,量子コンピュータや量子情報通信などの新しい量子技術に利用されている。量子コヒーレンスが環境との相互作用によって失われることは,デコヒーレンスと呼ばれている。固体中においては,デコヒーレンスは非常に急速に起こるため,その定量的な評価(特に電子デコヒーレンスについて)は極めて難しかった。
研究グループは,ガリウム(Ga)とヒ素(As)からなる半導体単結晶を対象とし,超高速量子経路干渉法を用いて電子状態の干渉の計測を行なった。この計測法では,2つのフェムト秒光パルスをタイミングをずらして試料に照射する。
1番目の光パルス(励起光)で作った量子状態(電子状態とフォノン状態)と時間が遅れて照射される2番目の光パルス(制御光)で作った量子状態が干渉する。干渉の影響を受けたフォノン振動は,さらに別の光パルス(観測光)の反射率変化として計測できる。
この実験は,励起光と制御光の時間遅延を300アト秒間隔で制御し,相対偏光角度を45度にして行なった。その結果,フォノン強度に時間遅延の関数として干渉縞が観測された。
この干渉縞は,約2.7 fs周期の電子干渉縞と約116fs周期のフォノン干渉縞で構成されている。このうち電子干渉縞には,遅延時間55fs付近に三角形状の持ち上がりがみられた。
温度が下がるに従って,この三角形の底辺と高さは大きくなる。この温度による干渉形状の変化は,電子デコヒーレンス時間の変化によるものであり,簡単な量子モデル計算と合わせることで再現できた。
この実験で得られた三角形状の持ち上がりの高さと幅から,試料温度10K,90K,290Kにおける,電子デコヒーレンス時間を定量的に求めることに成功した。この電子デコヒーレンス時間の温度依存性は,光励起電子が自由電子近似での運動量を持って,周りの熱的電子と衝突するとしたモデルで理論計算すると,よく再現された。このことから,光誘起電子のデコヒーレンス過程は周りの電子との衝突によることが確かめられた。
研究グループは,今回の成果は,これまで不明だった固体中の量子デコヒーレンス過程の解明につながるものであり,今後の量子情報技術発展の基礎を固めるものだとしている。