東京大学の研究グループは,太陽放射の吸収を通じた気候強制因子である黒色炭素について,大気放射計算に必要な光学的物性を初めて定量的に評価した(ニュースリリース)。
燃焼に伴い発生する黒色炭素は,大気中のエアロゾル質量のうち数%以下の過ぎないものの,大気や雪氷面において太陽放射を効率的に吸収することで,大気のエネルギー収支と降水量に影響を及ぼす。現在の大気では,産業革命前に対して全球平均で二酸化炭素・メタンに次いで3番目に大きな正の有効放射強制力を持つとされている。
研究では,大気中の黒色炭素について,太陽放射の散乱・吸収の効率を決めている基礎物性値である複素屈折率mr+imiの実部mrと虚部miの範囲を解明した。これは,実部は物質内での光の速度を決め,虚部は物質内での光の吸収を決める物性値。
大気中の黒色炭素粒子の複素屈折率の評価を実現するため,大気エアロゾルを水に取り込み,硫酸塩等の水溶性化学種から分離した状態の黒色炭素粒子の光学特性を測る方法を考案した。
光学特性の測定では,構成成分の複素屈折率に大きな感度をもつ散乱波の位相・振幅を高精度に測れる複素散乱振幅センシング法を採用した。複素散乱振幅の測定データ点群を,未知である粒子形状の不確実性を包括的に考慮して解析することで,複素屈折率の実部・虚部の範囲をベイズ事後確率として導出する方法を開発した。
複素屈折率の実部・虚部が90%以上の事後確率で含まれる領域を示し,この領域と,近年報告された燃焼煤(すす)の単位質量当たりの光吸収断面積の測定値と理論的に矛盾しない複素屈折率の範囲の共通部分として,大気中の黒色炭素の複素屈折率の範囲を制約した。
この領域の中で,事後確率の密度が比較的大きくかつ黒色炭素の吸収を過大評価する危険性が少ない推奨値として,1.95+0.96iを提案した。新たな推奨値1.95+0.96iを用いると,従来の推奨値1.95+0.79iを用いた場合に比べて,黒色炭素の単位質量当たりの光吸収が16%程度大きくなると推算されるという。
新たな推奨値を用いることで,気候モデリングにおける大気中や雪氷中のエネルギー収支の計算や,リモートセンシングにおけるエアロゾル組成別濃度の導出の際の一つの系統誤差が修正される。研究グループは,この研究の成果は,気候変化の要因分析・予測や全球スケールでのエアロゾル観測の精度向上に貢献するとしている。