国立天文台先端技術センター(ATC)は,これまで電波天文観測用に利用されてきた電磁波検出素子を増幅素子として用いる新しい概念の超伝導マイクロ波増幅器を考案し,従来の冷却型半導体増幅器より消費電力が3桁以上低い高性能な冷却型増幅器の実証に成功した(ニュースリリース)。
多くの電波望遠鏡では,さまざまな天体から届く電波をパラボラアンテナで集め,超伝導技術を用いた受信機で受信し,その信号を解析することで天体の様々な情報を得る。この受信機の心臓部には,超伝導体で絶縁体をサンドイッチした構造を持つ「SISミキサ」が使われる。
SISミキサは,絶対温度4K(-296℃)まで冷却する必要がある。SISミキサから出力された信号は,同じく4K環境に設置された半導体増幅器で増幅される。宇宙からの信号はきわめて微弱であり,増幅の利得が大きいことと,余計なノイズが混入しないことが条件となる。
SISミキサと増幅器をカメラの撮像素子のように2次元的に配置する超伝導電波撮像装置(電波カメラ)の開発されているが,冷却型半導体増幅器の消費電力は約100台(100画素)で汎用の4K冷凍機の冷却能力の上限に達するため,増幅器の省電力化が重要。また,超伝導量子コンピュータも同様の半導体増幅器を用いるため,こちらでも増幅器の劇的な省電力化が必要となっていた。
研究グループは,ふたつのSISミキサを縦続につないで増幅素子とする新しい概念の超伝導マイクロ波増幅器(SISアンプ)を考案した。これは,電波望遠鏡の受信機に使用されるSISミキサが,周波数変換と増幅のふたつの機能を併せ持つことを利用したもの。
研究グループは,2018年にはSISアンプがマイクロ波の増幅効果を示す予備的な結果を得ており,今回,SISアンプに入力する局部信号の条件などを最適化した。特に局部信号の位相がSISアンプの性能に大きな影響を及ぼすことを理論的に見出し,局部信号発信系に位相を整える装置を導入することで,性能を最適化することに成功した。
開発したSISアンプは,雑音温度10K程度を達成し,周波数5GHz以下の入力信号に対して5~8 dB(3~6倍)の増幅利得を実現した。また,SISミキサ単体の消費電力は一般的にマイクロワット級であることから,従来の半導体増幅器に比べて消費電力が3桁以上小さい増幅器が実現したことになる。
電波望遠鏡に搭載される大規模な受信機や量子コンピュータの大規模システム構築においては,さまざまな回路の小型化が課題となっているが,研究グループは,SISミキサを応用したアンプ等の電子部品が,その解決に資する可能性を持つとしている。