東京大学の研究グループは,目的の物性値が最適な値となる物質を見つける逆問題において,ニューラルネットワークで用いられる自動微分を応用することで,最適なモデルを自動的に設計する新しい理論手法を開発した(ニュースリリース)。
望みの性質を示す物質や材料を自在に作り出すために,実験せずに結果を予測する計算機シミュレーションは有効な方法の一つ。しかし,変数の数が多くなると膨大な計算コストが必要となるため,ほとんどのシミュレーションは変数が少ないモデルに限定されてきた。
そこで,目的の性質から逆にモデルや物質を推定するという逆問題が注目を集めているが,こうしたアプローチも,大量の学習データや計算リソースが必要となることや,学習データの範囲を超えた推定は難しいといった問題点が残されていた。
今回研究グループは,任意の物理的な性質に対して,それを実現するモデルを自動的に構築する新しい手法を開発した。具体的には,ニューラルネットワークなどにおいて用いられる自動微分というアルゴリズムが,大量の変数の最適化に極めて有効であり,かつニューラルネットワークに限らず幅広く応用可能であることに着目し,これを逆問題に適用することによって,目的の物性を示すようにモデル中の変数を自動的に最適化する新しい手法を開発した。
この手法では,網羅的な探索は必要ないため,変数の数を増やすことによる困難は大幅に低減される。そのため,広範な変数空間の中から,これまでにないモデルや物質を発見することが可能になるという。
この新手法を二つの具体例に適用することで,その有効性を実証した。一つ目は,異常ホール効果の最大化において,自発的な量子異常ホール効果を示すことで有名なハルデインモデルが自動的に再発見されることを示した。さらに,ハルデインモデルの6倍という巨大な異常ホール効果を示す新しいモデルを発見した。
二つ目は,太陽光の照射によって発生する起電力の最大化において,物質中を動き回る電子と局在したスピンが相互作用するモデルに本手法を適用することで,約700A/m2の光電流を発生するモデルを自動的に発見することに成功した。この値は,ゲルマニウム半導体やペロフスカイト材料であるBaTiO3,ワイル半金属として知られるTaAsなどと比べて,同等かより大きなものとなっている。
この手法は高い汎用性を有し,経験や勘に基づく従来の物質設計では到達することが難しい新しいモデルや物質を発見することが可能。研究グループは今後,カーボンニュートラルな社会の実現へ向けた材料などの探索への応用が期待されるとしている。