分子科学研究所と独フリッツ-ハーバー研究所は,探針増強ラマン分光の最新技術を応用し,フラーレンの単一分子接合におけるジュール熱発生を分光学的に観測することに成功した(ニュースリリース)。
パソコンやスマートフォンなどの電子デバイスではその内部にある集積回路を流れる電流によってジュール熱が発生する。放熱が追い付かず,あまりに高温になってしまうと動作に不具合が生じる原因になる。
また,ジュール熱は電気コンロや電気ストーブで熱の発生に利用されるなど日常的に身近な現象であると言える。これらの電気を用いたマクロな加熱現象はジュールの法則によって説明される。
単一分子に金属電極をつなぐことはナノサイエンス・ナノテクノロジーの分野では確立された技術で単一分子接合と呼ばれている。これは一つ一つの分子を集積回路の素子としてデバイスを構築する分子エレクトロニクスにおける最も基本的な構造として重要となっている。
しかしながら,単一分子接合におけるジュール熱の発生はよく理解されておらず,その有無についても議論がなされていた。これまでの実験では単一分子接合に流れる電流を制御することはできたが,ジュール熱の発生を直接観測することは困難だった。
今回研究グループは,単一分子感度をもつ探針増強ラマン分光の最新技術を応用し,精緻に制御された単一分子接合におけるジュール加熱を分光学的に観測することに成功した。ラマン分光では量子力学的な振動状態を計測することで分子の加熱を観測することができる。
実験では単一のフラーレン分子を走査トンネル顕微鏡の探針先端に取り付け,それを対向電極となる金属単結晶表面へと接触させることで単一分子接合を形成した。この単一分子接合に電圧をかけて電流を流し,その際に起こる加熱をラマン分光によってモニターした。
この実験によってフラーレン分子を金属単結晶表面に接触(ショート)させると単一分子接合を流れる電子と分子振動との相互作用が強くなり,大きなジュール熱が発生することを明らかにした。研究グループはさらに対向電極となる金属単結晶の材料を変えることでジュール加熱の強弱を制御できることを示した。
分子エレクトロニクスの草分けとなった単一分子接合における整流特性が理論的に示されてからおよそ50年になるが,いまだジュール熱という基本的な物理現象についても十分な理解が得られていない。
研究グループは,この研究が電子デバイスの究極的な小型化を目的とする単一分子素子の実現に向けた基礎研究であり,単一分子のジュール熱の制御に必要な知見を与えるものだとしている。