慶應義塾大学の研究グループは,シリカから作製したトロイド共振器を用いることで,これまでで最小の発光線幅を有する発光を得ることに成功した(ニュースリリース)。
半導体のカーボンナノチューブ(CNT)は,光通信で用いられる波長1.55µm帯の通信波長帯で発光することから,化合物半導体に代わる次世代の光通信用材料やシリコンチップ上での集積光デバイス用材料として期待されている。
また,近年,CNTは,量子光源用材料としても注目されており,研究グループは室温かつ通信波長帯の単一光子源の開発に成功するとともに,高効率で高純度な単一光子が室温・通信波長帯で発生可能なことも示している。
しかし,CNTからの発光は,得られる発光をそのまま利用した場合,発光ピークの線幅が数十nm 程度と非常に広いことから,通信帯域や伝送距離の低下を招いたり,波長多重化が困難であったりといった問題があった。そのため,CNTは,従来の半導体では得られない優れた特性があるにもかかわらず,光通信や量子情報技術分野へは,実用化がほとんど進んでいない。
今回,狭線幅の発光を得る新たな技術として,シリカトロイド共振器というリング状の共振器をシリコンチップ上に形成することにより,通信波長帯である1.55µm帯において,これまでで最も狭線幅のCNT発光を得ることに成功した。
シリコンチップ上に形成されたシリカトロイド共振器に対してCNTを形成し,トロイド共振器側面に近接させたテーパファイバを介して励起光と結合した。その結果,励起光が共振器と共振する条件において高輝度で狭線幅のCNTからの発光(フォトルミネッセンス)を得た。
この発光をテーパファイバを通して出射させて発光スペクトルを観測した結果,半値幅が74pmという極めて狭い線幅のCNT発光を得ることに成功した。
線幅を表すQ値としては,2万を超える極めて大きな値を示し,これまで報告されてきたシリコンディスク共振器でのQ値(約5千)を大きく上回る,CNT発光において最高のQ値を得た。また,発光の偏光状態も励起光の偏光方向によらず,安定して基板と平行方向の偏光が得られることも明らかにした。
今回開発したCNT発光は,シリコンチップ上に形成可能なことに加えて,通信波長帯の1.55µm帯で発光が得られていることから,研究グループは今後,チップ上に集積した光回路や光通信用素子などの集積光デバイスや,CNT量子光源との融合による量子情報素子など,さまざまなチップ上集積光デバイスへの応用が期待されるとしている。