量子科学技術研究開発機構(量研),東京大学,神戸大学,京都大学,名古屋大学は,水素クラスターと呼ばれる大きさがマイクロメートル程度の球状の固体水素に超高強度のレーザーを照射することによって,メガ電子ボルトという高いエネルギー領域でエネルギーが揃った,純度100%の陽子ビーム(レーザー駆動陽子ビーム)を繰り返し発生させることに成功した(ニュースリリース)。
超高強度レーザーを用いたレーザープラズマ加速のうち,陽子を加速する実験は,1990年代後半から始まった。
しかし,これまでの金属やプラスチックの薄膜ターゲットを用いたレーザー駆動陽子ビーム発生研究では,ターゲット表面に付着している不純物に由来する炭素イオンや酸素イオンもレーザー照射によって同時に発生するため,陽子のみを選択的に繰り返して発生させることは困難だった。
この課題を克服するための1つの試みとして,近年,陽子ビームの元となる水素そのもので作られた固体水素や液体水素,水素ガスをレーザー照射するターゲットとして用いることにより,100%水素のみの高純度陽子ビーム加速の研究が世界的に急速に進んでいる。
研究グループは,レーザーを照射するターゲットとして水素クラスターに注目し,2017年に世界に先駆け,水素クラスターを1秒間に100回以上繰り返し発生させることの出来る装置の開発に成功した。
今回,この水素クラスター発生装置を,量研関西研の超高強度レーザー装置J-KARENの繰り返し周波数(10秒間に1回)と同期させて動作させ,純度100%のメガ電子ボルト領域の陽子ビームの発生を実現した。
また,直径約0.3μm程度の大きさに揃えた水素クラスターを用いることで,エネルギー変動を約11%に抑えた陽子ビームを発生させることができるようになった。このため,リアルタイム型のトムソンパラボラ検出器では,同じ実験条件で多数個のデータ取得が可能となり,これらのデータを統計的な手法を用いて解析することが出来るようになった
この成果は,レーザー駆動陽子ビーム加速器の実現に向けて不可欠な要素となる,高純度で高いエネルギー安定性を持つ陽子ビームの発生を可能にする基盤技術となるもの。研究グループは今後,従来の加速器で発生する陽子ビームのパルス幅(バンチ長)に比べて1000分の1以上短いという特長を活かし,これまで未知だった放射線による材料損傷の瞬間を捉えて分析することにより,材料劣化のメカニズムを解明し,放射線の影響が強い宇宙や原子力環境に耐えうる新材料開発などに貢献することが期待されるとしている。