高エネルギー加速器研究機構(KEK)と東京工業大学は,酸化物半導体中のミュオン(=擬水素)研究の結果を精査することにより,これまで謎だった電気的に中性な状態も含め,全ての水素のイオン化状態についての実験結果を説明できるモデルを構築することに成功した(ニュースリリース)。
半導体中の水素は,数ppmというわずかな量でも材料の電気特性を大きく左右するため,材料中での水素のイオン化を理解する必要がある。
こうした微量のHは,多くの場合結晶格子の間に孤立して存在すると考えられる。孤立Hについて実験的に情報を得られる数少ない手段として,素粒子ミュオン(µ+)を使う方法が応用されてきた。ミュオンはHの軽い放射性同位体,つまり擬水素として扱うことができる(以下素粒子の名前µ+に替えてMuを用いる)。
材料中に注入・停止したMuの状態は,ベータ崩壊を用いるミュオンスピン回転(µSR)法により高感度で検出できるので,Muを孤立Hの実験的なシミュレーターとして使うことができる。このような目的の下,酸化物絶縁体・半導体中のMuの状態についての研究が蓄積されてきた。
しかし,これらの実験で観測されたMuの状態は,孤立Hについての理論(密度汎関数理論に基づく第一原理計算)で予想される状態と必ずしも一致しない。具体的には,孤立Hは正イオン(H+),負イオン(H–)いずれか一方の状態しか取れないことが理論的に予想される一方で,実験的には多くの酸化物材料中で中性状態のMu(Mu0)が確認されており,中性状態のH(H0)を観測した例も散見される。それにもかかわらず,これら中性状態の起源は謎のままだった。
そこで研究グループは,これまでにHについての第一原理計算が行なわれた酸化物を中心に,Mu/Hの実験結果について実験の状況などを含め詳細な再検討を行なった。その結果,①中性状態を伴うMuやHの状態は準安定状態にあること,および②これらの状態が,やはり第一原理計算で準安定状態として予測されるアクセプター準位,およびドナー準位を伴った状態に対応する,という2つの仮定からなるモデル(両極性モデル)を立てることによって,Muの実験結果を統一的に記述できることを明らかにした。
特に,ワイドギャップ酸化物中で観測される中性状態は,アクセプター準位(E0/-)に電子が1個束縛された状態で,これと対になって観測される正イオン状態は,ドナー準位(E+/0)が伝導帯に入り込んだ状態に対応することがわかった。
研究グループは,この両極性モデルは,孤立Hについての第一原理計算とMu/Hの実験結果との統合的な理解へ向けての端緒になる可能性があるとしている。