東京大学の研究グループは,抗体ミメティクス治療薬と,光を当てると一重項酸素を従来薬より多く作るAx-SiPcを結合させた効果の高い光免疫製剤「FL2」の開発に成功した(ニュースリリース)。
切除の難しい進行がんの患者の生活の質を保ちながら実施できる治療として期待されている光免疫療法は,腫瘍細胞を認識する抗体に光で活性化される化合物(光増感剤)を結合させた薬を使用する。薬の活性化には,腫瘍細胞局所に集まった光増感剤に効率よくエネルギーを与えるために,体の深部に到達できる近赤外光(690nm)を使用する。
光照射によりエネルギーを受け取った光増感剤は化学反応を起こし,細胞表面付近で細胞を傷害する物質(一重項酸素)を発生させる。これにより,光増感剤が集積した腫瘍細胞のみを殺すことで,周囲の正常細胞,組織へのダメージをなくした新しいがんの治療法として開発が進められている。
研究グループは,人工的に合成された,製造しやすく腫瘍細胞表面に存在する抗原特異的に結合する抗体ミメティクス薬剤と,人工的に設計された,光を当てると一重項酸素を従来薬より多く作るAx-SiPcを結合させた治療薬「FL2」を開発した。
「FL2」はヒト乳がん細胞に発現しているHER2分子に特異的に結合する。このため,マウス体内へ投与された「FL2」はマウスへ移植されたヒト乳がん細胞へ集積する。
今回,ヒト乳がん細胞を移植した腫瘍塊(大きさ平均417±88mm3)を持つ10匹のマウスに対し,「FL2」の投与を行ない,光照射による治療を行なった。1回目の治療後,全てのマウスで急激に腫瘍塊の大きさが減少し,治療後15日後の大きさの平均は約40mm3となった。
しかし,治療30日後,半分の5匹に肉眼的再発が認められた。これら5匹のマウスの再発した腫瘍塊の大きさは治療63日後に平均381±296mm3となったため,1回目と同じ手法で2回目の治療を行ない,全例で肉眼的に腫瘍の消失を確認した。
さらに1回目の治療後約90日,2回目の治療後約30日目に,10匹全てのマウスの剖検を行ない,病理学的にも腫瘍細胞が完全に消失し,治療部分は正常な皮膚の状態へと回復していることを明らかにした。
また,光照射10日後で治癒途中の治療部位の病理学的な解析を行なったところ,全ての腫瘍細胞は凝固壊死しており,壊死した腫瘍細胞の周りには免疫系の細胞が集まってきていることを確認した。光免疫療法では光増感剤が集積したがん細胞のみが,光照射により特異的に壊死に至っていることを明らかにした。
研究グループは今後,FL2を用いた皮膚の悪性腫瘍への臨床開発を進めることで,進行がんに対する新たな治療法の誕生につながると期待している。