京都大学と米ライス大学は,SU(N)ハバードモデルと呼ばれる理論モデルの量子シミュレーションの先駆けとして,反強磁性の相関(結晶格子の中で隣り合うスピンが違う向きに配列しようとする傾向)を観測することに成功した(ニュースリリース)。
物理学の特定の問題の解決に特化した量子シミュレータは,モデルをそのまま再現する現実の物質系を用意し,実験することで理解しようとするもの。量子コンピュータで高速に解ける問題は限られるため,量子コンピュータと量子シミュレータは補い合って発展することが期待されている。
ハバードモデルとは,固体中の電子の振る舞いを調べるために提唱された数学モデル。粒子は結晶格子中の隣り合う格子点間を運動でき,同じ格子点に複数の粒子がある時にのみ相互作用を感じる。電子系の最低限の要素を取り出した単純なモデルでありながら解くことは難しく,運動エネルギーと相互作用エネルギーの競合によって多様な物質の状態を再現する。
格子に並んだスピンの向きがどんな条件でどんなパターンになるか,を解明するのが磁性の問題と言える。SU(N)ハバードモデルは,ここでスピンの取れる状態の数を任意のN個に増やしたらどうなるか,という発想から生まれた。
研究では,量子シミュレータとして光格子を用いた。光格子は多くの原子を捕獲でき,不純物が無く制御性に優れていることから量子シミュレータの有力候補として注目されている。
光格子はハバードモデルを正確に再現することから,磁性や高温超伝導の量子シミュレータを目指して活発に研究が行なわれている。本研究ではSU(N)ハバードモデルとして初めて,反強磁性を確認することを目指して実験を行なった。
光格子に導入する原子を適切に選ぶことで SU(N)対称なハバードモデルも実現することができる。研究では,イッテルビウム(Yb)原子の同位体の一つ173Ybを用いることで SU(6)ハバードモデルを実現し,SU(6)対称なハバードモデルに従う系で初めて強い反強磁性的な相関を観測することに成功した。
これによりSU(N)ハバードモデルが,SU(N)磁性の量子シミュレーションとして,理論・実験の両面において研究の活発化が進むと期待される。
また現在,光格子量子シミュレータに共通する課題として,本当に興味深い物理現象が見られる極低温までの冷却が難しいという点がある。研究では,理論計算との比較によってこれまでの光格子ハバードモデルで報告されている温度よりさらに低温が得られていることが示された。
研究グループは,SU(N)ハバードモデルだけでなく,光格子による量子シミュレーション全体において大きな進歩が得られたとしている。