名古屋工業大学とイスラエル工科大学は,円石藻Emiliania huxleyiに感染する巨大ウイルスが持つヘリオロドプシンV2HeR3が,光で水素イオンを輸送することを明らかにした(ニュースリリース)。
ロドプシンは動物の目ではたらくタンパク質であり,光の信号を視神経へと伝達する役割を担っている。藻類や細菌など微生物の持つロドプシン(タイプ1ロドプシン)は,光センサー機能に加えて,イオン輸送や酵素反応など,さまざまな機能があることが知られており,そのイオン輸送は光遺伝学(オプトジェネティクス)をもたらした。
研究グループは,タイプ1ロドプシンやタイプ2ロドプシンとは異なるロドプシンのグループとして,ヘリオロドプシンの存在を2018年に発表したが,その機能は未解明だった。今回,研究グループは海洋に存在する円石藻に感染する巨大ウイルスが持つヘリオロドプシンが,光を吸収すると水素イオンを輸送することを明らかにした。
研究グループは2種類の巨大ウイルスが持つ合計5つのヘリオロドプシン(V1HeR1,2 & V2HeR1,2,3)と円石藻自身が持つヘリオロドプシンの合計6つについてイオン輸送能を調べた。その結果,巨大ウイルスが持つヘリオロドプシンV2HeR3だけが,光を照射すると水素イオンを輸送することがわかった。
さらにV2HeR3をラットの大脳皮質初代培養に発現させて光を照射したところ,神経細胞の発火が観察された。この現象は水素イオンの流入により活動電位が発生したためであり,今後,興奮性の光遺伝学ツールとしても期待されるという。次に,V2HeR3のイオン輸送のしくみを調べたところ,タンパク質内部での水素イオンの輸送が起こることも明らかになった。
これは,謎であったヘリオロドプシンのはたらきに関するより深い理解につながるとともに,光遺伝学へのツール応用も期待される成果。
ヘリオロドプシンの由来である円石藻ウイルスの感染は生態系の維持に役立っていると考えられるが,今回の研究により,ウイルスがV2HeR3を円石藻の細胞膜に発現させ,海洋に降り注ぐ太陽光を利用して水素イオンを円石藻内へと輸送し,膜電位変化を生じさせることで円石藻の崩壊を促進している可能性がある。
円石藻の崩壊によって放出された円石(炭酸カルシウム)はエアロゾルとなって雲の形成にも関わっており,地球環境を考える上でも重要となる。円石藻自身もイオンを輸送しないヘリオロドプシンを持っており,研究グループは,円石藻と円石藻ウイルスの攻防において,ヘリオロドプシンの役割が注目されるとしている。