北海道大学の研究グループは,人工衛星データ解析から南米チリ・パタゴニアで発生した氷河湖決壊洪水を発見し,その規模とメカニズムを明らかにした(ニュースリリース)。
近年,地球温暖化の影響を受けて氷河氷床が縮小し,氷が失われた場所に氷河湖が増加している。氷河湖はひとたび決壊すれば深刻な洪水災害を引き起こすほか,湖に流れ込む氷河は急速に後退して海水準上昇に大きな影響を与えているなど,氷河湖の詳しい理解が重要となっている。
研究では,人工衛星画像を用いて湖の面積の変化を,人工衛星からレーザーを使って測定される地表高度データ及びステレオペア衛星画像から作成した数値標高モデルによって水位変化を解析した。
また高分解能の衛星画像と数値標高モデルによって,湖の流出口付近の地形を詳しく調べて決壊洪水の原因について考察した。さらに地球の重力を計測するGRACE衛星によって測定された重力から推定される地表面の質量分布を解析し,氷河湖付近における質量変化を確認した。
解析の結果,2020年4~7月にグレーベ湖の面積が14.5km2減少し,水位が18.3m低下したことが明らかとなった。これらの結果から見積もられる総排水量は3.7km3に達する(札幌ドーム約2300杯分)。この値を,これまでに世界中で報告されている氷河湖決壊洪水と比較したところ,グレーベ湖の決壊は人工衛星観測が始まって以来最大規模であることがわかった。
決壊イベント前後の人工衛星画像から,湖の流出口にあたる河川で地形の崩壊が確認され,その流路の移動が明らかになった。また数値標高モデルの解析から,河川の周辺が流水で削られて,30m以上標高が下がった地域もあった。崩壊と浸食が起きたのは過去に氷河の末端があった場所で,堆積物が溜まった不安定な地質・地形と考えられるという。
この堆積物が崩れたために,河川の流路が変わって急激に浸食が進み,河川と湖の水面が下がったと結論づけた。さらに,GRACE衛星のデータから,グレーベ湖から大量の水が流出したことで,その周辺で生ずる重力が減少してデータに影響を与えたことが推測された。
研究によって,南米パタゴニアで人知れず発生した大規模な氷河湖決壊洪水について,流出した水量と発生メカニズムが明らかになった。また氷河湖決壊洪水に伴う質量変化を,GRACE衛星によって初めて捉えた事例となった。
これらの成果は,氷河湖決壊による災害や,湖に流入する氷河の変動を理解する上で重要。研究グループは今後,決壊洪水に影響を受けた氷河変動の解析へと研究の展開が期待されまるとしている。