早稲田大学の研究グループは,磁性体の「スキルミオン結晶」がリザバーコンピューティングへの応用に適した高度な機能を備えていることを,数値シミュレーションにより実証した(ニュースリリース)。
脳型コンピューティング技術の中で大きな成功を収めているものの一つに,入力に対して非線形な応答を示す媒質(リザバー)を利用する「リザバーコンピューティング」がある。この技術は,「音声認識」や「株価予想」などの時系列データ処理や,「画像認識」や「手書き文字認識」などのエラーへの寛容性を要するデータ処理に適しており,近い将来のIoT社会を支える重要な基盤技術の一つと考えられている。
リザバーコンピューティングの根幹要素である「リザバー」として,これまでに光回路や生体,力学機械,半導体,磁性体など様々な材料や物理現象が研究・提案されてきた。
その中でも「磁性体」は,安定性と省電力性,高速応答性の観点から,他の材料に比べて大きな優位性を持つため,スピントロニクスにおいて,磁性体を利用したリザバーが精力的に研究されてきた。
しかし,現在研究が進められている磁性体を利用したリザバーのほとんどは,微細加工によって作製された「スピントルク発振素子」を複数接続して使うものであり,その製造には高度な微細加工と複雑なプロセスを必要とする。
一方,「スキルミオン」は磁気モーメントにより形成されるナノサイズの磁気渦であり,キラル磁性体に磁場を印加するだけで自己組織化により無数に生成される。さらに,無数に生成されたスキルミオンは,周期的に配列して結晶化することが知られている(スキルミオン結晶)。
スキルミオン結晶を構成する一つ一つのスキルミオンが,マイクロ波に対してスピントルク発振素子の磁気モーメントと同様の応答や振舞いをすることが分かっている。また,スキルミオンは,位相幾何学的な特徴を持つために,熱揺らぎなどの外部擾乱に対して堅牢であるという性質や,通常の磁気構造よりも弱い電磁場に対して大きな電磁応答を示す。
スキルミオン結晶をリザバーとして活用できれば,高度な微細加工や複雑なプロセスを必要とせず,安定かつ省電力で,応答の速いリザバーを実現できる可能性がある。しかし,スキルミオン結晶のリザバーとしての機能の有無や性能は未知数だった。
そこで,キラル磁性体の薄板試料に発現するスキルミオン結晶の,典型的な情報処理タスクに対するスキルミオン結晶のリザバーとしての性能指数を,数値シミュレーションにより評価し,スキルミオン結晶がリザバーとして非常に高い性能を持っていることを明らかにした。
研究グループは,IoT社会を支える新しい情報処理素子の実現へ道を拓いたとしている。