広島大学の研究グループは,クロム酸化物Cr2O3とグラフェンの接合界面にスピン偏極した電子状態が新たに形成されることを第一原理計算により見出し,放射光を活用した角度分解光電子分光実験によりこの電子状態が存在することを実証した(ニュースリリース)。
研究グループは,メモリ素子と演算素子としてそれぞれ将来性が高い反強磁性体磁気メモリとグラフェンスピントランジスタを直結した技術応用を視野に入れ,これまで明らかにされてこなかったクロム酸化物Cr2O3とグラフェンの接合界面について,微視的な原子配列の検討から開始して,その接合界面に生じる電子状態の解析を進めてきた。
この成果は,電気磁気効果が発現するクロム酸化物Cr2O3を数原子層の厚さで薄膜化して,原子1個分の厚みしかないシート状の炭素原子からなるグラフェンに接合させた構造に関するもの。
研究では,グラフェンの原子配列と格子整合した数原子層のCr2O3の結晶構造モデルの検討から開始して,それまでの研究報告と矛盾がなく安定形成される界面モデルを絞り込んだ。Cr2O3層が酸素層で終端する界面モデルについて,第一原理計算による電子状態予測を実施したところ,Cr2O3のバンドギャップ内にクロム原子の3d軌道に由来する新たなスピン偏極電子状態(in-gap状態)が形成され,この状態がグラフェンのπ*軌道と混成して界面に局在することを見出した。
実際にCr2O3をグラフェン上にヘテロエピタキシャル成長させた人工積層構造を作製して,放射光を活用した角度分解光電子分光実験を実施したところ,Cr2O3のバンドギャップ内のフェルミ準位近傍にクロム原子の3d軌道に由来するバンドの存在を確認し,計算で予測されたin-gap状態が界面に存在することを実証した。
この成果は,反強磁性体磁気メモリ素子の磁気情報をスピントロニクス材料のグラフェンに直接伝達させる可能性を示すもので,磁気メモリとスピントランジスタを直結する新しいデバイス開発への道が拓かれるものだという。
研究グループは,磁気情報伝達に応用可能な電子状態(in-gap状態)と,それが実現される界面構造を明らかにしたが,実験による検証に用いた実際の積層試料では,部分的に異なるタイプの界面構造が形成されことも指摘した。今後の応用に向けた研究では,in-gap状態が形成される界面だけを選択的に成長させる薄膜作製技術の開発が望まれるとしている。