東京大学,東京工業大学,物質材料研究機構は,原子レベルに薄い2次元物質WTe2の電子構造の直接観測に成功し,層数の偶奇によって大きく異なる電子構造が形成されることを明らかにした(ニュースリリース)。
原子間隔と同程度まで薄くした2次元物質では,その層数に応じて物性が大きく変化する。これは,積層方向における「終端」の出現による結晶構造の対称性の低下や閉じ込め効果によって電子構造が劇的に変化するためだと考えられている。
しかしながら,原子層フレーク試料の物性研究ではサイズが微小(~0.01mm)な原子層フレーク試料に用いることのできる実験手法が限られていることが研究進展の妨げとなっており,これまでは主に電気伝導特性による実験結果と第一原理電子構造計算によるシミュレーション結果を比較することによって研究が進められてきた。
研究の対象としたWTe2も,電気伝導測定によって層数に応じて物性が変化することが知られていたが,第一原理電子構造計算の入力に必要な結晶構造を実験的に決定するのは難しく,また計算精度の問題もあることから,実験による電子構造の層数依存性の直接観測が強く望まれていた。
研究では,0.01mm程度に集光したレーザー光源を用いて角度分解光電子分光実験を行なうことによって,2層~5層WTe2の電子構造を直接観測することに成功した。角度分解光電子分光実験は電子構造を直接観測することのできる強力な実験手法だが,光電子放出に伴う帯電の抑制,清浄表面の取得,表面敏感性(光電子脱出長は一般的に数Å程度)といった測定上の困難が伴う。
そこで研究グループは今後の研究展開を見越して,より複雑な原子層フレーク試料に対しても適応可能な角度分解光電子分光用の試料作製方法を開発し,微小な原子層フレーク試料から明瞭な角度分解光電子分光像を得ることに成功した。
その結果,2層~5層WTe2では層数の偶奇性に依存して異なる電子構造が形成されていることが明らかになった。偶数層数では,電子スピンの自由度の数に対応して電子構造が明瞭に2つに分裂している様子が観測された。これは,偶数層数のみ結晶構造の非対称性が強くなっていることを示すという。
研究グループは,結晶構造の対称性の考察を行なうことによって,層数の偶奇性に応じた結晶構造の非対称性の振動の起源を解明した。研究で開発した角度分解光電子分光用の試料作製方法は,より複雑な積層試料の測定にも適応可能であり,次々世代デバイスの基盤技術の創出といった応用展開が期待されるとしている。