すばる望遠鏡は,補償光学で使われる新レーザーガイド星生成システムをアップグレードし,3月3日未明(ハワイ時)に「初射出(ファーストローンチ)」を達成した(ニュースリリース)。
大気揺らぎの影響を克服する「補償光学」に必要な,レーザーによって人工的なガイド星(レーザーガイド星)を作るレーザーガイド星生成システムは,地球大気の中間層(高度90-100km付近)には存在するナトリウム原子の層に589nmのレーザーを照射し,ナトリウム原子を励起して発光させる。
すばる望遠鏡が2011年から導入した4Wの全固体レーザーを用いたレーザーガイド星生成システムは,老朽化とともにレーザーガイド星の明るさが劣化していったため,アップグレードのプロジェクトを立ち上げた。
レーザーガイド星の明るさは,レーザーの出力に強く依存する。開発グループは,独Toptica Projectsのレーザーガイド星専用の高輝度レーザーを用いて,レーザーガイド星生成システムのアップグレードを行なった。
このレーザーは,ラマンファイバー増幅を用いることで,従来のレーザーよりもコンパクトでありながら22Wという高出力を実現している。世界中の8m級望遠鏡がこのレーザーを用いており,建設中の30m級望遠鏡でも採用されるなど,レーザーガイド星生成システムにおける標準的なレーザーとなっている。
今回のアップグレードにあたり,高出力レーザーの伝送方法が最大の課題となった。従来,レーザー室内で生成した4Wのレーザー光を光ファイバーを通して送信望遠鏡へ送っていたが,新しいレーザーは22Wと高出力のために光ファイバーを利用できない。
そこで,鏡の反射を利用する新たな伝送光学系を望遠鏡に搭載した。この伝送光学系では,20m程度の長距離を複数の鏡でレーザー光を何度も折り返して伝送するため,望遠鏡の姿勢変化で生じるたわみや温度環境の変化により,上空に射出するレーザー光の方向がわずかに変化していまう。
この問題を解決するため,伝送光学系内にレーザー光路の変化を検出するセンサーを搭載し,光路中の鏡の傾きを微調整する事で,上空に射出するレーザー光の揺れを1秒角以下に安定させる仕組みを施した。
今後は調整ののち,2022年後半から共同利用観測に供される予定。また,観測天体の周りに複数のレーザーガイド星を配置して大気揺らぎを断層的に測定するレーザートモグラフィ補償光学を開発する東北大のレーザートモグラフィ補償光学用波面センサー「ULTIMATE-START」で用いるため,レーザービームを4つに分割する開発も進めているという。